「ごめんなさい」

 の言葉に、七海は力を込めて握っていた拳をフッと解いた。そうして、言葉もなく部屋から出て行くのだった。

「……悟、噛んで」

 五条は、ぽつりと呟くように言った彼女を見おろして、片方の口角をゆるっと引き上げた。

「いいの? 生き地獄なんじゃないの?」
「どこにいたって地獄だもん。それなら、好きな地獄で溺れてたい」

 うなじを噛まれたオメガは、そのアルファにしか発情しなくなる。そうすれば、今回のような不特定のアルファから襲われることもない。彼女が選んだのは、既婚者の五条との修羅の道だった。
 五条は、覚悟を決めたようにまっすぐな目を向けてくる彼女の髪を掻き上げながら言う。

「僕さ、実はまだ噛んでいないんだよね。アレのうなじ」
「……え?」
「だから今の僕に番はいないんだ」

 事のあらましはこうだ。
 五条家が血眼で探し当てた運命の番と彼は、入籍こそ済ませてはいるが、番の契約は結んでいなかった。五条が、後継を作るための結婚なら正式に番となるのは子どもが無事生まれてからにしようと提案したのだ。訝しむ家の者たちには「もし僕か相手の子に原因があって子どもが望めなかったら、アルファの僕は他にも番を作れるけど、彼女は他の男と番うこともできず一生飼い殺しだよ。そんなのかわいそうじゃん」と、あたかも相手のためにというふうを装って説得したのだった。相手側もそれを呑み、いよいよ入籍となったとき、五条は一つの条件を出した。「僕が他に番をつくること、そしてその番に危害を加えないこと。これを認めなければ結婚はしない」と言い出したので、家令たちは青天の霹靂ともいえる五条のこの条件に狼狽した。しかし傍若無人な五条に逆らえる者はいなかった。この条件を提示された相手方は冷静だった。全て受け入れるがこちらも一つ交換条件がある、として、「子どもを授かるための協力を惜しまぬこと、そしていかなる場面においても結婚指輪は外さないこと」を求めてきた。妻となる女性は一般家庭で生まれ育った非術師で、五条を一目見たときから深く惚れてしまっていた。指輪をしていれば五条と繋がっていられると思ったのだろう。若い女ならではのピュアとも夢見がちなハッピー脳ともいえるこの交換条件に、五条は笑った。
 跡取りを作るための結婚なら、早々に子どもを作ろう。その後でと番になろう。結婚相手には悪いけどお飾り妻になってもらおう。
 そう気楽に考えていた五条だが、結婚相手とセックスしたのは初夜の一度だけだった。いくら運命の番とはいえ、体は否が応でも反応するが、気持ちが付いていかなかった。しかし子作りに協力するという条件を受け入れた手前、放棄するわけにもいかない。五条は何よりも、に対して危害が向くことを避けたかった。五条家の家令らは彼女の存在を認識している。五条が番うんぬんの条件を提示したのは、一度は別れた彼女といつかヨリを戻すためだと承知している。だからこそ五条は、うまくやらねばと思っていた。
 しかし彼がやったのは極めて現実的な手段で、結婚相手の気持ちなどまるで配慮していなかった。彼は、子どもさえできれば文句ないでしょ、と、自分で採取した精子を月に何度か家令を通じて渡すことにしたのだ。焦ったのは当然妻だった。好きな人に抱いてもらうことすら叶わないのに、子どもを授からなければ番になれぬまま離縁され、もう一生五条悟に会うことができなくなる。五条家の妻という、一度は掴んだ肩書きも失う。
 そうして妊娠を急いだ妻が、隠れて家令の一人に種付けしてもらっていたことを、五条は知っていた。

「キミに発情促進剤を打った黒服がいたでしょ。あれが不倫相手ね」

 ここまで静かに聞いていたは、返す言葉が見つからないのか、かすかに頷くだけだった。

「そんなことしても生まれてきた子の呪力を見れば分かるのに。非術師の家に生まれるとその辺の理解が追いついてないから仕方ないけど、まあ哀れだよねえ」

 家令も肉欲に負けたのだろう。五条は二人の関係を分かっていて知らぬふりをしていた。むしろ好都合だと捉えていたのだ。生まれてきた子が家令との間にできた子どもなら、絶好の離婚理由になる。
 とはいえ、生まれてくる子どもに罪はない。血の繋がりはないとしても、不自由はさせないつもりだ。一度は五条家の妻として迎えた責任もあるので、離縁後も経済的支援はする心づもりだった。

「とはいえアレが妊娠した今、僕の役目はもう終わった。だからキミに声掛けに行ったら七海……運命の番と出会う瞬間に出くわすなんてさあ。さすがの僕でも焦ったし、ほんっとに面白くなかったよ」

 五条は彼女の頬に触れながら視線を左上に流し、はあ、と息を吐く。しかしすぐにその目を彼女に戻し、満足げに言った。

「でもそっか。キミは運命の相手じゃなくて、僕を選ぶんだね」
「……悟もそうだったんでしょう?」

 運命の番と出会ったら、本能から求め合うといわれているのに。理性なんか働かなくなる、と。なのに五条も彼女も運命に逆らい、自分の意志で、今目の前にいる相手を選んだ。

「やっぱりさ、運命の番なんて都市伝説なんじゃない? もしくは僕らが本物のそれだったりして」

 いつもの飄々とした調子で言う五条に、彼女は目をすうっと横に引いて笑んだ。しかし五条が柔らかな頬に手を当てたとき、彼女は肩をぴくんと上げた。熱が高まっていく頬にキスをした後、その唇をゆるゆると下げていき、彼女の口元に重ねる。ちゅ、というリップ音が響いたかと思えば、唇の隙間から舌を差し込まれ、彼女は「んっ」と声を漏らした。
 五条は彼女のシャツを脱がし、ブラの上から少し乱暴に胸を揉んだ。ずれたカップから覗いた乳首をかぷりと口に含み、やわやわと甘噛みする。

「く、っやぁ、んん…っ」

 歯を立てながら舌先で舐め転がされるので、彼女はたまらず腰を揺らしはじめた。抜き取られたショーツの行方を気に留める暇もなく、股の間に五条の顔が寄せられる。彼女は、これからされることを察して、すっかり陶然とした目つきになっていた。
 五条は申し訳程度の下生えの間に見えたクリトリスに舌を当て、ちろちろと舐める。緩慢な動きはそこまでだった。唇で押し潰すように挟みながら、ぢゅっ、ぢゅ、と音を立てて吸えば、彼女は腰を跳ね上げた。

「ひや、ぁっ…! そんな、にっ、激しくしないで、ああんっ」

 しかし激しい愛撫は一向に止まる気配がない。五条は彼女の腿の下に差し入れた手で足を押さえ、抵抗することも逃げることも許さず、ひたすら敏感な蕾を舌と唇で責めた。グチュグチュという淫らな音が女陰から漏れる。

「いやああっ! ああっ……あ――んっ! いや、いっ、ん、イッちゃ、ぁう…!」

 ビクッ、と体を大きく跳ね上げた。五条は顔を離し、絶頂の痙攣に飲み込まれた彼女に休む暇を与えずに体を起こさせる。そうしてお尻を突き出させると、

「ひゃあっ、ン!」

 何のためらいもなく、濡れた穴に自身を突き入れた。そうして、尻肉に指を食い込ませながら猛然と腰を振る。ばちゅ、ばちゅん、と湿り気を帯びた肉のぶつかり合う音が響く中で、彼女の嬌声が大きくなっていく。

「いっ、ぁ、イく…ぅ!」

 彼女は感電したように体を弾ませ、声を絞り出して気をやり続けた。
 五条は彼女の背に覆い被さると、なおも腰を振りながら彼女の髪を掻き分ける。現れた白いうなじに歯を立て、皮膚が破れそうなほどに強くつよく噛んだ。

「はッ、あああ……っ!」

 うなじから全身に広がった電流のような痺れに、彼女は背を反らせて悲鳴にも似た声を上げた。
 五条はヒクヒクと痙攣する彼女の体を表に返し、正常位で挿入する。

「……ハッ、だらしない顔しちゃって」

 口の端からよだれを垂らしながら喘ぐ彼女の姿に、悟はまるで眩しいものを見るかのように目を細めながら笑った。
 彼女は、子宮口がひしゃげそうなほどの衝撃と快感に、言葉にならない声を漏らし続ける。そうして、五条の背中に手を回すと、爪を立てて一気に昇り詰めていく。誰もが擦り傷一つ付けることすら叶わない五条悟の背には、彼女の爪痕が赤く刻まれていく。

「ふ、あっ、も、だめ…さとる、さと、る……ぅ!」

 がくんと狂おしく身悶えた彼女に覆い被さり、五条も苦しげな息を吐きながら達した。濃い白濁液が、彼女の中でどくどくと噴出する。しかし五条は、ありったけの熱をほとばしらせてもなお、股間をぶつけるようにいつまでも動き続けた。
 気をやり続けて霞み始めた意識の中で、彼女は唇を半開きにさせ、ぜいぜいと淫らな息を混じらせながらぽそりと言った。

「悟、すき。だいすき」

 五条はその言葉に一瞬目を丸めたのち、ふっと片笑んだ。
 そうして彼女にキスを落としながら、胸の内側で呟くのだった。

 ――ごめんね、七海。




―完―


(2024.07.20)


その後、モブ妻に会いに行ってまだ膨らんでもいないお腹を見ただけで呪力のあれこれを感知し「うん。僕の子じゃないね」と確認した五。目が良すぎるもんで。
モブ妻とは離婚、相手の家令もクビ。この二人は再婚し、生まれた子どもと幸せに暮らす。
晴れて番関係を結んだ五条と夢主もその後結婚し、呪術師を引退した夢主は五条家のやり手妻として使用人たちから一目置かれる。当初は色眼鏡で見ていた者も、使用人の顔と名前を全て覚えていたり各人の仕事を適正に評価したり待遇改善を行ったりする夢主に懐いていく。それでも文句を言う者は五が黙らせてる。ちなみに五は行く先々で「うちの奥さんがね〜」と盛大にノロケるので、ちょっと黙っててほしいと思う高専関係者も少なくない。
仲睦まじく暮らすうちに、相伝の術式を持った五条似の子どもにも恵まれて、めでたしめでたし。



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