の手を引いて部屋を出た七海は、ロビー前に停まっていた黒塗りの車に乗り込んだ。運転席の伊地知が「七海さん?」と目を丸める。五条に命じられてここまで送迎したのだろう。乗り込んできたのが降ろしたはずの五条ではなく七海とだったので、彼は状況が飲み込めずに慌てた様子だった。しかしの放つオメガフェロモンや、七海の「諸事情あり」という短い言葉で事態を察したのか、「どちらまで」とサイドブレーキを下ろすのだった。



「すみません。抑制剤をホテルに置き忘れて来てしまいました」

 たどり着いた先は七海の自宅マンションだった。部屋に足を踏み入れた途端、彼女はぐらりと体を揺らして倒れかけた。必死に我を保ってきたが、七海の香りが充満する空間に入ったことで限界を迎えたのだった。すかさず抱き止めた七海は、少し申し訳なさそうに目を細めた。

「いいんです、もう……必要ないので」

 荒い呼吸を繰り返す彼女に、七海は唇を噛む。先ほどのホテルで、五条に組み敷かれた彼女が「七海さん」と縋るような声を出しながら手を伸ばしてきた姿を思い返したのだ。意外だったのは、五条があっさりと身を退かして彼女を逃したことだった。
 諦めたのだろうか。いやあの人に限って、まさか――。

「七海さん」

 その声で我に返った七海は、腕の中で寄りかかってくる彼女に目を落とす。うっすらと汗ばんだ首筋には、鬱血痕があった。キスマーク。五条が残したものだろう。そのことに気づいた七海のこめかみには、青筋が立った。
 思い返せば彼女と出会ってから、いつもこの衝動に襲われてきた。五条に貸したネクタイが彼女の匂いに塗れて返ってきたとき、彼女から同意の上で事に及んだと聞かされたとき、発情促進剤を打たれた彼女が他のアルファたちに襲われそうになっていたとき、ホテルのベッドで五条に組み敷かれた彼女を見たとき――。
 込み上げてくる怒りを押し殺そうと、何度拳を握り締めてきたか。なぜ憤りを覚えるのか。それはきっと、この人は自分のものであるという、体の奥底に刻み込まれた思いがあったからだ。運命の番。第二の性に支配されることを拒んできた七海だが、いつの間にか、自らの意志で彼女を――。

「七海さん」

 目を潤ませてこちらを見つめてくる彼女の姿に、七海は自身の内側で張り詰めていた理性の糸が揺れ始めたのを感じた。

「……今自覚しましたが、私は独占欲が強い。それでも構いませんか」

 低めた声で言う七海に、彼女は唇を結び、こくりと頷く。そうして、囁くように言った。

「七海さん……してください、お詫びの続き」

 ――プツ、ン。
 理性の糸が、ついに切れた。

 七海は彼女の後ろ髪をかき上げると、あぐと口を開けてうなじに齧り付く。そうして歯を立て、力を込めて噛んだ。その途端に彼女は小さく声を上げて背を反らし、がくがくと膝を震わせた。
 これで、番が成立した――。
 うなじに走った甘やかな痺れが全身に広がり、七海の腕の中で脱力した彼女は、さながら達した後のように頬を上気させ、呼吸を荒げていた。
 七海は彼女の体を横抱きに抱え上げると、廊下を進んで寝室へと入る。ピンと張ったシーツの上に乗せられた彼女は、膝を擦り合わせるようにしながら七海を見上げていた。腰が揺れている。七海はシャツを脱ぎ捨て、彼女に覆い被さった。

 重なった唇の境界線が分からなくなるほど貪り合うようなキスをしながら、互いの下着を抜き取っていく。口の端から漏れたどちらのものとも分からぬ唾液を彼女がぺろりと舐め上げる様が扇情的で、それは七海をさらに刺激した。
 白い肌はうっすらとピンクに染まっている。露わになった乳房を掬い上げるように包むと、七海は骨張った手のひらで柔らかな肉を揉みしだく。手の動きに合わせて形を変える胸に、彼女は恥じらうように唇をきゅっと噛んだ。

「んっ、あ…」

 胸の頂を口に含み、ざらついた舌で舐められれば、彼女は噛んだ唇の隙間から濡れた声を漏らした。七海が反応をうかがいつつ舌先を尖らせたり広げたりして刺激を与え続けるので、彼女の腰は悩ましげに揺れる。
 胸を弄りつつ、七海の片方の手は次第に下へ下へと移る。そこは、ショーツの上からでも分かるほどに濡れそぼっていた。

「待たせすぎましたか」

 七海がショーツの中へと指を忍び込ませながら耳元で囁くと、彼女は恥ずかしそうに顔を背けた。

「ふっ…んん……」

 期待でぷっくりと膨れた敏感な蕾を責められ、身をよじる。指を噛むことで声を押し殺そうとしている彼女に、七海はフッと笑った。
 割れ目を下から上になぞりあげるたび、グチュ、グチュという淫靡な水音が部屋に響く。グッと蕾を押し込まれた彼女が腰を跳ね上げたタイミングで、七海は彼女の咥えていた指を離した。

「あっ、!? ぃあッんんン…!」

 七海は、彼女の口が開いたのを見計らってナカに指を挿し入れる。自分の指を外されたことと七海の指が膣に入ってきたことで、彼女は驚きと快楽が入り混じった声を漏らした。
 とめどなく溢れ出す愛液で、膣内はグチャグチャだった。指を一本、二本と飲み込んでいくそこは溶けそうなほどに熱い。

「は、あ…そこ、だめぇ、ぁッ!」

 中指をクイと折り曲げてざらついた部分を擦ると、肉壁がきゅうっと七海の指を甘く締めた。七海は、ほぐす必要のないほどグズグズになっているそこから指を引き抜く。そうして、はあ、と熱い息を吐いた。

「すみません、私ももう余裕が――」
「くだ、さ……いれて、ください」

 はっ、はっ、と浅い呼吸を繰り返す彼女は、蕩けたような目で見上げてくる。その様に、七海は目を細めた。

「……チッ」
「えっ?」

 突然の舌打ちに、彼女は目を丸める。

「お、怒ってます……?」
「少し」
「え、えっ? どうして?」
「あなたがそうやって五条さんとも寝ていたと思うと無性に腹が立って」

 七海がこめかみを押さえながら言うと、彼女は「無性にって」と弱ったように眉を下げた。

「言ったでしょう、私は独占欲が強いと」
「は、い……」
「なので、あの人のことを忘れるほどの快楽を植え付けます」
「……はい?」

 彼女は、七海の鋭い視線にヒュッと息を呑んだ。そんな彼女の足を左右に割ると、七海は自身の昂ったものをひと思いに穿ち込む。

「んぁッ! う、あっ……! ぃあ、はっ、んんん!」

 彼女はシーツを皺になるほど握って、うねりを上げて迫ってくる快楽を逃がそうとしているようだった。

「まだそんなことをしてるんですか? いい加減諦めなさい」
「あっ……」

 七海は、シーツを握り締める小さな手を絡み取ると、彼女の頭上でひとまとめにする。

「やぁっ、ん!」

 そうして腰を突き上げ、根元まで肉棒を突き入れた。

「はっ、あ、ひぁ、ふ、あン…」

 奥まで差し、抜けそうになるギリギリまで引く。それをゆっくりと繰り返された彼女は、切なげな声を上げる。
 そのうちに彼女の口からは抑えの効かない喘ぎ声が漏れ始め、ついには七海の腰に両足を絡ませ、グッと体を引き寄せた。

「も…っと、もっと突いて、奥まで」

 声をうわずらせ、彼の耳元で熱く囁く。七海はギリッと唇を噛むと、絡み付いた彼女の足を自身の肩に乗せた。そして、さらに奥深くへと挿入する。ああっ、と彼女のナカはヒクヒク蠢きながら肉茎を締めつけた。絶頂寸前。そう察した七海は、腰の動きを徐々に速めていく。その動きに、もはや遠慮などなかった。

「いっしょ、いっしょに……っ」

 彼女はすがるような声でせがむ。七海は肩に乗せていた白い足を下ろすと、その足指にキスを落とし、繋がったまま密着した。七海は腰を彼女の股に押し付け、互いの隙間を埋めるように動く。彼女はそんな七海の首に手を回して抱きついてきた。
 そこで七海は、はたと何かを思いついたように動きを止める。彼女は困惑したような目で「ななみさん?」と掠れた声を漏らす。

「……あの人に諦めてもらわないと」
「え?」
「強引かつ大人気ないやり方ですが、致し方ありませんね」

 七海はベッドの下に脱ぎ捨てていたジャケットを掴み、ポケットから携帯を取り出す。そして何か操作をすると自身の傍らに置き、何事もなかったように再び彼女の蜜壺へと挿入した。はじめこそ戸惑った様子の彼女だったが、次第に快楽へと引き戻されていき、どろどろに溶けた甘い声を漏らし始めた。

「っ、もう――」
「わた、しも……あ、ああっ、やぁ、ン!」

 洪水のように押し寄せてくる悦楽に飲み込まれていく彼女の耳元で、七海は声を落とした。
 
「どこに出されたいですか」
「……っ、ふぁ」

 耳元でそう聞かれた彼女は、もうそれだけで達しそうなほどに腰を震わせた。
 激しい抽送が続く中で、すでに理性など手放していた彼女は、その潤む目に七海だけを映しながら無我夢中で声を捻り出した。

「な、ッぁ、なか……」
「もっとハッキリと」
「なか、ぁ! ナカ、あっ、だ…ンぁ! はっ、あ、ナカにっ、ぁ、だして…ぇ、っ!」

 彼女は背中がシーツから離れるほどのけぞると、あああっ、と全身を揺らして達した。
 続いて七海も彼女の中で熱を放つ。びゅくびゅくと波打つような長い射精が終わるまで、七海は痙攣を繰り返す彼女の頬や耳にキスをした。

「こんな、喰らい合うようなセックス……初めてです」

 七海を見上げながら掠れ声で言う彼女に「私もです」と返せば、彼女はどこか気恥ずかしそうに目を伏せた。

「痛みますか?」

 彼女のうなじに手を当てる七海は、気遣うような声音でたずねた。彼女は、ううん、と首を横に振る。そうして、ほぐれきった顔で笑いながら言った。

「七海さん。これから、よろしくお願いします」
「こちらこそ」
「七海さんのこと、もっと教えてくださいね」
「それはもちろん構いませんが……こんなはずじゃなかった、は無しですよ」

 その言葉に、彼女はフフッと笑って「それはお互い様です」と返した。そんな彼女の瞼にキスをすれば、彼女はそのまま目を閉じて眠りに落ちた。よほど疲れていたのだろう。七海は彼女の寝顔に淡く笑みながら、傍らに置いていた携帯を手に取った。

 ――ああ、切らずに聞き続けていたのか。

 画面には通話時間を示す数字。七海はそれを確認したのち、携帯を耳に当て、静かに言った。

「あなたが一番愛していた女性は私が大切にします。だからどうぞ、五条さんは運命の番の方とお幸せに」

 通話画面に表示されていた『五条悟』の文字は、七海の指先によって消え去るのだった。




―完―


(2024.07.20)


その後、七海と結婚した夢主は呪術師を引退。家庭に入って七海をサポートしている。七海が術師を引退した後の海外移住についてコツコツと調べている。
結婚した七海は以前にも増して残業を嫌うようになったので、定時間際になると誰も彼に話しかけられない。
移動中の車内で携帯を見ながら頬を緩めていた、呪霊を祓った後に左薬指の指輪にキスを落としていた、などの目撃談から、「七海さんは奥さんを愛しすぎている」というハピネスな噂を立てられている。



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