―――はじめて知った。マドンナとまで呼ばれたあの・が傍若無人の高飛車女だったなんて。 次の日の朝、セブルスは生徒でにぎわう大広間の片隅で朝食をとりながら、スリザリンテーブルの中央でいつものように友人に取り囲まれながら朝食をとっている・を盗み見るようにしていた。周囲に笑顔を振りまく彼女はいつもと変わりなく、昨夜彼女に責められていた女子生徒も一緒になって談笑していたが、あの現場を見てしまったセブルスはどうしてもそれが、わざとらしい演技にしか見えなかった。 ―――あの女が性悪だと分かっておきながら、なぜあいつらはあれを女王のように持てはやすんだ? セブルスはスニベルスと呼ばれたことを思い出し、テーブルの向こうの・を睨むようにして見ながら、心の中で悪態をついた。ちょうどそのとき、・は席を立って優雅な足取りでこちらへ歩いてきた。セブルスは驚いてとっさに目を離したが、スニベルスと呼んだときの彼女の意地の悪い顔を思うと悔しくなり、もう一度顔を上げて彼女に挑むような目をやった。しかし彼女はセブルスには目もくれず、歩きながら大広間の扉の辺りをまるで何かを探しているかのように見ていた。拍子抜けするセブルスをよそに、ようやく探していたものを見つけたのか、・はぱあっと顔を輝かせた。 「シリウス!」 その声が賑わう大広間でもはっきりと響いた。扉の近くではシリウス・ブラックが腕を組んで壁にもたれ掛かって誰かと話していたが、・の声が聞こえた瞬間にその話し相手は急いで大広間から出て行った。それが誰なのか、セブルスには一目で分かった。昨日シリウスが図書館で連れていた金髪の女子生徒だ。しかし・はそんなことには気づいておらず、シリウスのもとへ駆け寄ると、嬉しそうに腕を絡ませた。シリウスの表情が・と比べるときわめて薄く、愉快の欠片も無いように見えたのはきっと、セブルスが事実を知っているからだ。知りたくも無かった、憎い男をめぐる三角関係。 二人が大広間から出て行く後ろ背を見ながら、図書館でのシリウス・ブラックと金髪の女の背を思い出した。そして今、セブルスの鞄の中にある童話の本の隅に書かれた言葉も。あんな・が、シリウスという男を純粋に想って書いたあの言葉。 しかしセブルスは鼻で笑うと、哀れな女だ、と心のなかで嘲った。 一限目のハッフルパフとの合同授業では、・は遅刻もせずに授業の始めから終わりまで出席していた。その顔から笑みは綺麗に拭い去られていて、彼女は終始、不機嫌そうに腕を組んで眉根を寄せていた。そんな彼女の態度を見ても、愚かな男子生徒たちは、具合が悪いんだろう、と暢気な解釈をして誰も彼女の本性に気づかない。 セブルスはてっきり、朝食の後でシリウス・ブラックと連れ立っていったので彼女は授業に遅刻すると思っていた。彼女の取り巻きもきっとそう思っていただろう。しかし、彼女は一分たりとも授業に遅れなかった。むしろ、遅刻してきたのは、あの金髪の女子生徒の方だった。 ―――あいつはハッフルパフだったのか。 目の前を通り過ぎていって席に着くその女子を目で追っていると、その視線が窓側の席の・の顔にぶつかった。彼女は金髪の生徒を腕を組んで椅子に深く座ったまま、じっと見つめていた。 授業が終わると・の周りにはいつもの取り巻きが集まってきて、口々に話し出したが、彼女がただ一言、 「先に戻ってて。さあ、はやく行ってよ」 と言えば、彼女たちはまるで何かに追われるように教室を去っていった。・はゆっくりと鞄に教科書を詰め込みながら、視線は数列向こうの金髪の女に定めていた。彼女が友人と教室を出て行くと、・も鞄を持って席を立った。 セブルスはといえば、タイミングが良いのか悪いのか、たった今教室を出たところで、風のように隣を通り過ぎた・のちょうど後ろで歩いているような状況になった。 ・はどうやら、俯いて耳を澄ませているようだった。 「ローラ。授業に遅刻して、いったい何をしていたの?」 前の方から聞こえてきた言葉で、セブルスは瞬間的に理解した。 ローラと呼ばれる女生徒は、友人にそう聞かれると、金色のカールヘアーを触りながら、 「聞きたい?」 と、焦らすように言った。 ・は一瞬歩く速度を落としたが、すぐにもっとよく話が聞こえるようにと速度をあげた。 「あのね―――」 そこで、ローラの言葉は切れた。隣を歩いていた友人が通り過ぎていく人にぶつかって鞄を落としたからだ。そこでローラは立ち止まり、後ろを振り向いた。 「―――あ……」 ローラは目を丸くして、声を漏らした。そこに・がいたからだ。鞄から出てしまった教科書を詰める友人を残して、ローラは逃げようと走り出したが、その腕を・がすかさず捕らえた。 「どうして私から逃げるの?」 口元に笑みを浮かべてやわらかくそう言った・だったが、その目はまったく笑っていなかった。 「私も、どうしてあなたが授業に遅れたか聞きたいなあ」 そこで・は、顔を青白くするローラを、この廊下から一本入った人通りの少ない通路へ誘った。 セブルスは、自分の中でじわじわと浮き立ってきた好奇心を否定し、 ―――ただ、あの高飛車女が真実を知って不幸になる瞬間を見てやるだけだ。 と理由付けて、彼女たちからの死角で、かつ話がよく聞こえる場所へ移った。しかしセブルスがそこへ行ったときには、もうすでに・の声は荒々しくなっていた。 「シリウスは今日の一限はどうしても抜けられないって言ってた!だから私は―――」 「だから、そんなの嘘なのよ!」 負けじとローラが声を荒げると、・は黙り込んだ。彼女の怯んだようなその様子を見たローラは息切れしたままで続けた。 「なんにも知らないのね。彼がそんな真面目な男だと思う?さっき、あの人はあたしと会ってた。あんたが言えって言うから、本当のことを話したのに」 ・は何も言わなかった。さっきまでの勢いは消え去ったように、その場に突っ立ている。 そんな彼女の状態によって余裕が生まれたのか、ローラは乱れた髪を整えながら、ついに言った。 「付き合ってるのよ、あたしたち」 ・の肩がぴくりと上がったのは、きっと気のせいじゃない。 「シリウスはもうあんたのことなんて好きじゃない。言ってたわよ、彼。あんたは外見だけで、中身はからっぽの退屈な女だって」 そこでローラは、シリウスの愛を一身に受けているのは自分だ、と言わんばかりの勝ち誇った笑みを浮かべて、さらに言った。 「やっと本性を現したのね。この、猫被り女」 その言葉が終わるか終わらないうちに、耳をつくような悲鳴があがった。セブルスは思わず身を乗り出し、目を凝らした。・が、ローラに掴みかかっている。 「やめて……やめて!彼を呼ぶわよ!」 頬を叩かれ、手当たりしだい引っ掻かれたローラは必死に叫んでいたが、・は止まらなかった。 仲裁したほうがよさそうだ、とセブルスが一歩踏み出したとき、ローラの髪や服からふわりと漂った香りに、彼女の髪を掴みあげていた・の手がぴたりと止まった。 「シリウスの、におい…香水の……」 そう、呟いた。 ローラはその隙に、涙に濡れたその顔のままで逃げ出した。・は力なくその場に崩れ落ちてしばらくそのままだったが、あるときゆっくりと立ち上がると、ローラとは反対の方向へと走り出した。 セブルスはなぜかそのとき、後を追わなくては、と思った。もう彼女の不幸の瞬間を見たはずだが、この鞄の中の彼女の想いが書かれた本を持っている自分は、ただの傍観者ではいられない気がしたからだ。 (2008.8.9) |