9.ある恋のはじまり その日のDAの会合でハーマイオニーが団員に配った、集合時間などを伝える偽金貨をは賞賛しながらハーマイオニーと松明に照らされる広い石の廊下を歩いていた。 ハーマイオニーは照れながらも「ありがとう」と言って廊下に飾られる食べ物の絵を見た。 「、いったい厨房に何の用事があるの?」 銀の器に果物を盛った絵の前で二人は足を止めると、ハーマイオニーが訝しげに聞いた。 「あのね、ときどき恋しくなるの」 「恋しくなるって、厨房が?」 は曖昧な返事をしながら、果物の絵に手を伸ばして緑色の大きな梨をくすぐった。 ハーマイオニーは去年ハリーとロンとこの厨房へ入ったことがあったので、その梨がクスクスと笑って大きな緑色のドアの取っ手に変わっても驚きはしなかった。 はドアを開けて一歩中に入ると、ハーマイオニーに手招きをした。 厨房はすぐ上の大広間と同じような創りで、大きく違うのは沢山の鍋やフライパンがびっしり山積みされていることと、多くの屋敷しもべ妖精たちがせっせと働いていることだった。 ハーマイオニーが中に入りきったのを確認すると、が扉を閉めた。 その音に、すぐ近くでジャガイモの皮を剥いていたしもべ妖精が顔を上げた。 「さま?・さま!」 そのしもべ妖精はそう声を上げると、ジャガイモを放り投げての元に駆けて寄った。 他のしもべ妖精もそれに気付くと、自分のしていた動作をストップして、キーキー声を上げながらの周りに集まってきた。 「お久しぶりです!」 「先学期ぶりでございます!」 「さまが厨房へお見えにならなくて寂しかったのです!」 輪の外に居るハーマイオニーは、はしゃぎ回るしもべ妖精たちを訳が分からないという風な顔をして見ていた。 はキーキー声のしもべ妖精たちを手を使って静かにさせると、 「みんな、よく私が分かったね?私って、ほら、その……変わったでしょう?」 と自分の顔を指して言った。 しもべ妖精たちは互いに顔を見合すと、口々に話し始めた。 「とんでもない!」 「さまは大昔から綺麗で心優しいレディです!」 「例えさまが魚の骨に変身していても、それがさまだと気付く自信があります!」 は照れくさそうに笑うと、「ありがとう」と言った。 その言葉にしもべ妖精たちは喜び、キーキー声が一段と大きくなった。 ハーマイオニーがいよいよこの空気が理解出来なくなって歯軋りをし始めたことに気付くと、はまた手を振って静かにさせた。 「それで今日は、いつものあれを貰おうかと思って来たの」 しもべ妖精たちは顔をパアっと輝かせて、「もちろん!」と頷いた。 「私めは毎日毎日さまのために、あれを炊いていたのでございます!」 そう言って一人のしもべ妖精が厨房の奥へと走っていった。 の周りで再びしもべ妖精たちが話し始めたので、が「皆もう仕事に戻った方がいいかもしれないよ」と優しく言うと、しもべ妖精たちは素直に従った。 「あなた、しもべ妖精たちと仲が良かったの?」 ハーマイオニーがすかさずに聞いた。 彼女は屋敷しもべ妖精のことになると熱くなるのだ。 「仲が良いというか……一年生の頃からお世話になってるの」 ハーマイオニーがそれに対して何か言おうとすると、お盆を持ったしもべ妖精が「さま!」と走ってきた。 お盆に乗ったものを見ると、ハーマイオニーは納得したように頷いた。 「ライスです!真っ白なライスです!」 「ありがとう」 はしもべ妖精から茶碗を受け取った。 その茶碗からは白い湯気が高い天井に向かって伸びており、米粒のひとつひとつが艶やかに光っていた。 はハーマイオニーを見て嬉しそうに言った。 「白ご飯。これが時々恋しくなって、この厨房に来るの」 それからが茶碗一杯の白ご飯を食べ終わるまで、ハーマイオニーは厨房で働くしもべ妖精をじっと観察していた。 厨房を出るとき、例によってしもべ妖精たちが大量のお菓子を寮に持って帰るように勧めたので、二人はそれを腕に持てるだけ貰って厨房を後にした。 クィディッチシーズン最初のグリフィンドール対スリザリンの試合が近づいてくると、この二つの寮の仲はますます険悪になってきた。 スリザリン生は隙あらばグリフィンドールチームの選手に呪文をかけようと狙っていたし、浴びせられる罵声やからかいはいつもに増して酷くなっていた。 しかし、ウィーズリーの双子は呪文を掛けようとするスリザリン生には―――教授らに知られないように―――何らかの形でこらしめていたし、冷やかしをしてきた生徒には「試合が終わった後に褒美をくれてやるよ」と言ってはニヤリと笑んでいた。 アンジェリーナによるスパルタ特訓が終わった後、クィディッチ競技場を出たフレッドは一人で城へ向かって歩いていた。 次に製作予定の悪戯用品のことを頭に考えながら湖の傍を通っていたとき、ブナの木の下に人影を見つけた。 見覚えのあるその後ろ姿に、思わずフレッドは駆け出した。 「姫?」 ブナの木に寄り掛かっているを覗き込むと、彼女は眠っていた。 フレッドは少し辺りを見回して誰も居ないことを確かめると、の隣に腰を下ろした。 なんでこんな所で一人で昼寝しているんだろうか、と考えながらもフレッドは気持ちよく眠るの顔を見た。 今日は髪を二つに結んでいる。朝、談話室でフレッドが見たとき、ジニーがの髪を結んでいた。 どうやらジニーはの髪を気に入ったらしく、自ら進んでヘアスタイリストを務めているようだった。 フレッドがの顔をまじまじと見つめているとき、彼女の閉じた瞼がぴくりと動いた。 「……って、待って……」 何の夢を見ているのだろうか。 フレッドが思わず、小さく笑った。 すると突然、はぱっちりと目を開けた。 「え……フ、フレッド?」 「おはよう、姫」 目が覚めて自分の顔を近距離で見つめられていたら、誰でも驚くだろう。 は思わずフレッドから離れた。 「おいおい、ひどいなあ。そんなに離れなくてもいいじゃないか」 「あ、ごめん」 フレッドがわざと不貞腐れたように言うと、はフレッドの隣に戻った。 犬みたいだ、と思ったフレッドはまた笑った。 は訳が分からなかったが、ただフレッドが笑っていたので自分もそれに合わせて小さく笑んだ。 「今日の練習は一段とハードだったよ」 笑い終わるとフレッドが湖を見ながらそう切り出した。 その転換のはやさには戸惑ったが、そうなんだ、と相槌を打った。 「ほら、もう試合は一週間後に控えてるからさ。それで、我らがキャプテンはたいへん焦っていらっしゃる」 「焦るって……どうして?グリフィンドールはとても強いでしょ?」 「まあ、スリザリンなんかに負けるはずはないけど。でもクィディッチに油断は禁物だ」 バットを振る真似をして、フレッドは言った。 「それに、最近はなかなか競技場で練習することも出来なくてね」 フレッドはふうっとため息をついた。 「どうして?」 今度はがフレッドの顔を覗き込む番だった。 フレッドは柄にもなく少し照れたように目を泳がせながら答える。 「スリザリンのお偉い寮監さまがね」 「ああ、スネイプ先生?」 「そう。彼が可愛いスリザリンチームの為に競技場の予約をしまくりでね」 「しまくりなの?」 はくすくすと笑った。 フレッドは「全く困ったものだよ」とを見ながら、その言葉とは裏腹に嬉しそうな顔をして言った。 「ここにはよく来るのかい?」 ブナの木を見上げて、フレッドは聞く。 「来るよ。でも、たまになんだけどね」 「へえ。ここが好きなのか?」 は湖を見た。 午後の温かな太陽の光に輝き、壮大なホグワーツ城が水面に映る。 「うん、大好き」 はどこか思い出に浸るかのような表情で、静かに言った。 フレッドはその横顔を眩しそうに見ている内に、胸の鼓動が高まっていることに気付いた。 「じゃあ僕も、ここを好きになってもいいかな」 そう言ったフレッドに、はにっこりと頷いた。 「おーいフレッドー!」 向こうの方から声がして、二人はそちらを向いた。 そこにはフレッドを呼ぶジョージと、ハリーとロンがいた。 「おまえ、姫と何してんだよー!」 それを聞くと、フレッドとは顔を見合わせて笑った。 「悪いな兄弟!今そっちに行くよ!」 大声でジョージに伝えると、フレッドは立ち上がった。 「じゃあまた、」 そう言うと、少し照れくさそうな顔をしたフレッドはブナの木から離れて向こうにいるジョージ、ハリー、ロンの元へ走って行った。 四人の後姿を見送るとは一人、膝を抱えて湖を見つめながら、先ほど見た夢を思い返していた。 いつもの夢だ。遠い昔の、忘れられない少年の夢。 ただいつもと違うことが、今日の夢にはあった。 ―――確かに、プラチナ・ブロンドだった……。 今までは霞んで見えなかった少年の容姿だったが、先ほど見た夢の中で、走り去っていくその後姿だけがはっきりと見ることが出来たのだ。 そして少年の髪色は、確かにプラチナ・ブロンドをしていた。 それはある人を連想させる。 ―――まさか、でも……。 この間、“恋するフクロウ”のことを伝えようと彼を追った際に冷たくされたことを根に持っているだけかもしれない。 だから彼の後姿が、夢の中で少年と重なったのかもしれない。 ふと後ろを振り返ると、スリザリンチームが競技場に向かって歩いていた。 その中に、プラチナ・ブロンドの髪をしたドラコ・マルフォイがいた。 (2007.9.2) |