6.ふくろうの恩返し


 あの後、が肩にふくろうを乗せて談話室に戻ると、ハーマイオニーは「まあ!」と声をあげた。 服を濡らして額にコブを作ったを見て、ハーマイオニーは矢の如く駆けつけたし、ハリーもロンも近寄ってきた。

「どうしたのよ!」
「え?あ……忘れてた」

 は額に手を当てて、自分の服を見下ろしながら言った。 ハーマイオニーは半ば呆れたようにして暖炉の前にを連れて行った。

「おい、まさか、いじめられたとかじゃないよね?」
「え、いじめ?ううん、違う違う」

 の肩に毛布を掛けようとしたハーマイオニーが中々退かないふくろうを見て目を細める横で、ロンが心配そうにそう聞いた。

「ただ、ちょっとあってね……。あ、もちろん私は大丈夫なんだけど」

 ロンが顔をしかめたので、は慌てて付け加えた。 はパーキンソンとのことを言いたくなかった。 きっと心配するだろうし、何より三人に告げ口をしたらパーキンソンに負けるような気がしたからだ。

、このふくろうは何なの?」

 意地でもの肩から動こうとしないふくろうに、ハーマイオニーは少し苛立ったような口調で聞いた。

「あぁ、この子はね、この間怪我を治してあげたんだけど。マルフォイ君と―――
「マルフォイ?」

 ハリー、ロン、ハーマイオニーの三人は声を揃えて言った。

「あのね、三人とも」

 は肩のふくろうを腕に飛び乗らせて、暖炉の暖かな空気に当たらせながら言う。

「マルフォイ君は本当は優しい人なんだと思うんだ。今更それを見せるのが恥ずかしいんだよ、きっと」

 ふくろうを愛しそうに見るに、三人は顔を見合わせた。 ホッホ、と嬉しそうに鳴くふくろうは羽をバサバサと広げる。 三人はそんなに「なぜ?」と聞くこともなく、ただ「早く目が覚めてくれればいいのに」というような顔をしていた。

、その額の怪我はどうにか出来ないの?」
「あー……これ?」

 ようやく口を開いたハーマイオニーは、の隣に屈んで額を見た。 ぷくりと腫れて、色が青紫になっていた。

「私、打ち身を治す魔法はまだ出来ないの。あれは意外と難しいみたいで。あ、でも、明日にでも医務室に行ってみるよ」
「ええ、そうして。じゃあ、もう部屋に行ってその濡れた服を着替えましょう」

 ハーマイオニーとは立ち上がった。 ふくろうはまだ心地よさそうにの腕に乗っている。 そしてハリーとロンを丸い目で見ると、プイとそっぽ向いた。 「あれはきっと雄だぜ」とロンがハリーに囁いた。

「あ、そういえば」

 は階段を上る途中で足を止め、振り返った。

「あのね、ハリー。私さっきチャンさんに会ったの」
「え?」

ハリーはどきっとした。

「とっても良い人だよね。笑顔が似合う可愛らしい人」
「あ、あー……うん。そうだね」

 まるで自分が褒められているかのように、ハリーは耳をほんのり赤らめた。 は今度はロンを見た。

「ロン、今度の練習も頑張ってね。私きっと応援しに行くから」
「う、うん、待ってる。うん、あ、頑張るよ」

 ロンは口ごもりながら答えた。ハリーが見ると、ロンは顔を真っ赤にしていた。 そしては二人に手を振って「おやすみなさい」と言った。
 階段を上りながら、先を行くハーマイオニーに

「ねえ、ハーマイオニー」
「何?」
「あの……今日は編み物の手伝いが出来なくてごめんね」

 不意にハーマイオニーが立ち止まったので、はハーマイオニーの背中で額を打った。 コブがじんじんと痛んだが、ハーマイオニーが振り返って優しく微笑んだので、その痛みは一気に消え去ったようだった。

「でも、次は必ず手伝ってもらうわ」

 そう言って、女子寮の扉を開いた。






 次の朝早く、は耳を噛まれるくすぐったい感触で目を覚ました。

「……ああ、あなたまだ居たの?」

 モリフクロウは昨晩からずっと部屋に居たようで、わざわざ開け放したままの窓からは朝の冷たい風が入り込んでいた。 外はまだ日が昇りきっておらず、禁じられた森の向こうに白い光がすーっと伸びていた。
 窓を閉めようとベッドから降りると、ふくろうはバサバサとの頭の上を飛び回った。

「なあに?いったいどうしたの?」

 構ってほしいのか、飛びながらホッホと鳴き続ける。 ルームメイトはまだ夢の中にいる。は「シー!」と唇に人差し指をあてる。

「あれ?」

 頭上を飛ぶふくろうを見上げると、腹のあたりに何かのマークが浮かんでいるのを見つけた。 ふくろうが動き回るので、目を凝らしてよく見てみるとそれはハートのマークだった。

「……不思議。それは生まれつきなの?」

 するとふくろうはの言葉が聞こえなかったかのように、鞄の中から器用に羽ペンを取り出すと、嘴に銜えてベッドの上に落とした。

「羽ペン?」

 は羽ペンを手に取ると、不思議そうに首を傾げた。 ふくろうはホーっと鳴くと、次は羊皮紙を銜えて嘴にだらりと下げると、まだベッドに落とした。 は羽ペンと羊皮紙を交互に見てから、期待するような顔のふくろうを見た。

「もしかして、手紙を届けたいの?」

 ホッホッホと元気よく鳴くと、天蓋付きベッドの中をぴょこぴょこと跳ね回った。

「でも、誰に書けばいいのかな。手紙なんて私、両親にしか……」

 ふくろうは首を振ったように見えた。

「なに?もしかして、書かなきゃいけない人をあなたが決めてるの?」

 頷くようにすると、自らの右の羽を広げて、ホーっと鳴いた。

「その羽って、この間怪我をしてた所……ああ!」

 思わず声を上げたに、ルームメイトの一人はベッドの中でもぞっと動いた。 は囁くように「分かったよ」と言うと、ふくろうはの周りを何度も何度も嬉しそうに旋回した。 そしては鞄からインク壺を取り出し、羽ペンを浸した。



 大広間では生徒たちが日曜のゆったりとした雰囲気にうっとりしながら、朝食をとっている。 ロンは今日の内に済ませて置かなくてはいけない課題をぶつぶつと唱えていて、ハリーはそれにウンウンと頷いている。 ハーマイオニーはソーセージをフォークで意味もなく切りながら、今日はソックスを編むの、と嬉しそうに言う。

はもう課題を済ませた?」
「うん、まあ大体は」

 がゴブレットにオレンジジュースを注ぎながら、ハーマイオニーに答えた。 するとロンは羨ましそうな目をしてを見た。

「じゃあ、編むのを手伝ってくれる?」
「うん。もちろん」

 ハーマイオニーは大きく頷くと、四分割したソーセージの一つを頬張った。

「ところでさ。クロワッサンって、面白い名前だと思わないか?」

 ロンがクロワッサンを見つめながら突然そんなことを言い出したので、ハリーもハーマイオニーもも笑った。
 すると大広間にふくろう達が手紙やら小包やらを携えて舞い込んできた。 目当ての生徒たちの手元にぽとりと落とすと、まっすぐにふくろう小屋へと帰っていく。

、これママから君に」

 ロンは自分の元に届いた二つの小包の内の一つをに渡した。

「私に?」

 はロンの母親に会ったことが無かったので、驚いたようにそれを受け取った。 “ロンの新しい友人、ミス・へ”と書いてある。

「この間、君のことをママに知らせたんだ」

 ロンは照れたようにそう言った。 は「ありがとう」と頷いて、小包を開けた。 そこには手製と思われるアップルパイが美味しそうな香りを纏っていた。 添えられたメッセージカードには“息子のことを宜しくお願いします。ロンの母、モリー・ウィーズリー”とあった。

「ママったら」

 顔を赤くしたロンがそう言うと、ハリーは隣でクスクスと笑った。 そしてロンは自分の小包を開けると、三人の前に差し出した。

「これは皆で食べろだってさ。全く、よくやってくれるよな」

 そう言ったロンだったが、どこか嬉しそうだった。 ハリーはそれを横目で見ながら、ウィーズリー夫人お手製のクッキーを一つ摘んだ。
 すっかりふくろうが飛び去った大広間に、一羽の小さなふくろうがスーっと入ってきた。 そしてスリザリンのテーブルに手紙をぽとりと落とすと二、三周その場をぐるりと回ってから出て行った。 その時に何人かのスリザリン生が「あっ」と声を上げてふくろうを見送った。

「ねえ、。今のって君が昨日一緒にいたふくろう?」

 ハリーはスリザリンのテーブルの方を見ながら、に聞いた。 ロンもハーマイオニーも注目した。

「うん、そうだよ」

 がそう答えたとき、大広間に声が響いた。

「ドラコが“恋するフクロウ”から手紙を受け取った!」

 ざわ、っと大広間がどよめいた。 見るとマルフォイが手紙をまじまじと見ていた。 周りの生徒たちが騒ぎ始め、誰からの手紙なのか、としきりに聞いていた。 しかしマルフォイはハッと我に返ったように、急いで手紙をポケットにしまい込んだ。

「“恋するフクロウ”?」

 ハリーがそう言って見ると、は目をパチクリさせていた。 ロンもハーマイオニーも呆気に取られている。 すると、二席置いたところに座っていたラベンダー・ブラウンが興奮したようにハリーの言葉に答えた。

「さっきのふくろうのお腹にハートマークがあったでしょう?見えなかったの?あれは“恋するフクロウ”の印なの」
「どういう意味?そのふくろうは何なの?」

 ハリーがラベンダーの方を向いてそう聞くと、ラベンダーは「よく聞いてくれました」とばかりに詰め寄ってきた。

「あのふくろうに手紙を届けてもらうと、必ず恋が実るの!」
「ええっ?」

 驚いたような声を出したのはハリーではなく、今だに呆然とするロンでもなく顔をしかめるハーマイオニーでもなくて、だった。 ラベンダーはおかまいなしに続ける。

「でもあのふくろうはとても気難しくて。いくら頼んだって中々手紙を届けてくれないのよ。一体だれが……」

 ラベンダーの言葉が終わらない内に、ガタンとは立ち上がり、走って大広間から出て行った。

「嘘だろ……」
「あら、何?あなたもしかして、あの手紙の差出人を知ってるの?」
「知らないよ!」

 落胆したような声を出したロンにすかさずラベンダーが問いただしたので、ハリーが慌てて否定した。 あらそう、と残念そうに言うとラベンダーは自分の席に戻った。 ハリーが再びスリザリンデーブルを見ると、まだザワザワと騒ぐ生徒を無視するかのように、マルフォイは肘を付いて考え込んでいるようだった。少し離れたところに座るパーキンソンは友人の肩を借りて泣きじゃくっていた。





「これで、すぐに腫れも引きますからね」

 マダム・ポンフリーはの腫れた額に薬を塗るとそう言った。

「ありがとうございます」

 大広間を飛び出したは医務室に来ていた。 薬を直しに薬品棚に向かうマダム・ポンフリーの後ろ姿を見ながら、は考えていた。
 ―――ああ、どうしよう……私とんでもないことをしちゃった……。
 はそれまで“恋するフクロウ”と呼ばれるふくろうが存在することなど知らなかった。 それがまさか、自分が怪我を治したあの小さなモリフクロウだったなんて。
 ―――それに、私はマルフォイ君に……

「私が昨日貴女に言ったことを覚えてますか?」
「え、はい。―――え?」

 は自分が今医務室に居ることに初めて気が付いたような顔をしてマダム・ポンフリーを見た。

「“アルバスから貴女の話を聞いていた”と」
「あ、はい」

 は顔が熱くなった。 ダンブルドアが自分の話しをマダム・ポンフリーにしていた。それを聞くと昨日の感動が再び蘇るようだった。

「私は貴女の、ミス・の将来に期待をしていますよ」

 マダムは嬉しそうにを見た。 は首を傾げた。

「あの……一体校長先生は私の何をお話されたんですか?」
「ああ、そうでした」

 マダムはきびきびと椅子に座るの元へと歩いてきて、隣に腰掛けた。

「アルバスは貴女のことを、癒療魔術に大変優れた女の子であると私に話して下さいましたよ」

 頭がぽうっとした。 嬉しすぎて鼻血が出るんじゃないか、とは鼻の頭に手を置いた。

「私の手が足りなくなった時は是非、貴女にお手伝いをしてもらいたいものです」
「は、はい!はい、勿論、喜んで……!」

 マダム・ポンフリーは頷くと、の額を指して「治ったようですよ」と言うと、事務所に戻っていった。





 マルフォイは朝食を済ませると、クラッブもゴイルも傍に付けずに急いでスリザリン寮の自分の部屋に駆け込んだ。 切れた息を整えながらベッドの端に腰掛け、ポケットから手紙を取り出した。 先ほど覗き込んでくる生徒から隠すように強引に押し込んだために、ぐしゃりと皺が寄っていた。 それを広げると、マルフォイは再び手紙に目を通した。

“昨日は本当にありがとうございました。 追伸、このふくろうは自分の名前が欲しいみたいです。”

 そこまで読むと、一番下に書かれた差出人の名前を見て、それを小声で読んだ。

「“より”」









(2007.8.21)