3.湖のほとりで 次の日の夕食の時間、ハリーは唐突に聞いた。 「君も僕が嘘つきだと思ってる?」 尋ねられたは驚いたような顔をしてフォークを置いた。 昨日の闇の魔術の授業のとき、ヴォルデモートが復活したというハリーをアンブリッジは激しく否定し今晩罰則を科していた。 アンブリッジだけではない。ほとんどの生徒がハリーを嘘つき呼ばわりしていた。 ハリーは出会ってまだ二日のが自分のことをどう思っているのか気になったのだ。 「いいんだよ。本当のことを言って」 「私、ハリーが嘘を付いてるなんて思ったこともないよ」 は穏やかに言った。 の隣にはハーマイオニーが座り、正面にはハリーとロンが座っていた。 「ハリーの目を見れば分かるの。アンブリッジ先生はきっと、目も悪いんだよ」 ロンはそれを聞いて笑って「耳も頭もセンスも悪いんだ、あのばばあ」と言った。 ハリーが少しほっとしたように笑うと、もそれに笑顔を返した。 「ハーマイオニー、そのポテト取ってくれよ」 ロンが皿を渡して、ハーマイオニーはそれを受け取ると自分の近くにあったポテトの山から取り分ける。 ハリーはふと、の目が自分の肩越しを見つめていることに気付いた。 その視線を追うと、そこはスリザリンのテーブルで、しかもが見ているのはマルフォイだった。 まさかと思ってもう一度を確認すると、その目はもうサラダの方へと移されていた。 「、もしかして今マルフォイを見てた?」 そう聞いたのはハリーではなく、ロンだった。 それに驚いたのはハーマイオニーで、ポテトの皿を片手に「嘘でしょう?」というような目で隣のを見た。 は頷くと、 「マルフォイ君って、思ったより悪い人じゃないんだね」 とさらりと言った。 ぼとぼと、とハーマイオニーが持っていた皿が傾いてポテトが落下した。 ロンは開いた口が塞がらず、ハリーは思わず「はぁ?」と間抜けな声を出した。 「だ、だって今、水をこぼしちゃった人にナフキンを投げてあげてたし……」 「投げつけてたんじゃなくて?」 ロンが皮肉っぽくそう言うと、は「そうなの?」と逆に聞き返してきた。 「いずれにせよ」 ハーマイオニーは落としたポテトを自分の皿に乗せ、ロンの皿に新しくポテトを取るとそれをロンに渡した。 「今にあいつの本性が分かるわよ」 を厳しい目で見ながらハーマイオニーが低い声で言った。 ハリーもそれに頷いて、 「君はまだ知らないんだ。卑劣で性悪なマルフォイのことを」 そう言った後、腕時計を見て時間を確認すると苦々しい顔をして立ち上がった。 は頬杖をついて考え込んでいるようだった。 「じゃあ僕、そろそろ素敵な人の所へ行かなくちゃ」 それにロンとハーマイオニーは笑って、「またね」と言うとハリーは罰則を受ける為にアンブリッジの部屋へ向かった。 暫くしてからはロンとハーマイオニーと一緒に大広間を出た。 その時にパーキンソンと会ったが、彼女は「ふん」とだけ言うと地下牢へと歩いていった。 「どうしてパーキンソンはに意地の悪い態度をとるんだろう」 談話室に入るとロンが不思議そうに首を傾げた。 ハーマイオニーは肘掛け椅子にどさっと座ると、鼻をならして言った。 「決まってるじゃない。嫉妬よ、嫉妬」 ロンは興味深そうな顔をして、近くのソファに腰掛けた。 は暖炉脇に立ったまま、じっとハーマイオニーの言葉に聞き入っているようだった。 「が寮を問わず男子生徒に人気だからよ。もちろん、スリザリン生からもね。だから面白くないのよ」 「もしかしてあいつ、スリザリンでモテてたのか?その座を奪われたからを?」 「まさか、あの顔じゃ無理よ。マルフォイがどうかしてるわ」 そう言うとハーマイオニーはせせら笑った。 きっとパーキンソンのあのパグ顔を思い浮かべているに違いなかった。 「え?」とが声を出した。 「マルフォイ君とパーキンソンは付き合ってるの?」 「そうなんじゃない?まあ、興味はないけど」 は「ふーん」と小さく頷いた。 「さっきから思ってたけど、その“マルフォイ君”って呼び方―――」 ロンがそう言い終わらないうちに「姫ー!」という重なった二つの声が遮った。 フレッドとジョージが男子寮から陽気に下りてきた。 「いやあ、可愛い声が聞こえるなと思ったら、やっぱり姫だったか」 フレッドがそう言ってに右腕を、ジョージは左腕を回した。 「おい!」とロンが声をあげたので、双子は「何だよ」と冷やかすように睨んだ。 「こんばんは。フレッドさん、ジョージさん」 の言葉に、双子は互いに目を見合わせた。 ハーマイオニーはフフっと笑う。 「おい姫ー、そんな堅苦しい呼び方はやめてくれよ」 「そうさ、呼び捨てで構わない。むしろそうしてくれ」 「え、でも年上だし、失礼じゃないかなって……」 双子の顔を交互に見上げながら言う。 そんな様子をじっくり観察してから、フレッドが笑って言った。 「俺達にとっては、"さん"を付けられる方が失礼なんだよ」 そうそう、とジョージも相槌を打った。 「え!」とは驚いた声を出すと、納得したようにこくりと頷いた。 ロンはつかつかと寄ってきて、 「じゃあ、そういうことで。さ、もういいだろ」 とフレッドとジョージの腕をからむしり取った。 ハーマイオニーがいつの間にか膝の上に本を広げて読みながら言った。 「分かったでしょ?は容姿だけじゃないのよ」 双子もロンも頷いたが、にはそれが聞こえていなかった。 窓の外を見て、あっ、と声をあげると、急いで談話室の扉へと走っていく。 「、どうしたんだ?」 「私、ちょっと……」 心配そうに尋ねるロンに曖昧な返事をすると、は肖像画の裏へ消えた。 夕陽が禁じられた森の向こうへ沈みかけていた。 は談話室からこの湖のほとりまで全速力で走ってきたので、息が上がっていた。 きょろきょろと辺りを見回して何かを探していた。 するとブナの木の下に座る人影を見つけて首をかしげた。 目を細めていると、ふくろうの苦しそうな鳴き声がブナの木から聞こえてきたのではそこへ向かってまた走った。 「ああ……ここにいたんだね」 ふくろうの存在を確認すると、安心したようにそう言ったは思わず目を丸くした。 その弱ったふくろうを膝に乗せていたのは、マルフォイだった。 「またお前か。何の用だ?」 「あ、あの私は……」 見上げるマルフォイは訝しげにそう聞く。 「談話室からそのふくろうが倒れてるのが見えて、心配だったから……」 「こいつ、怪我をしてる」 マルフォイが自分の膝の上にぐったりとするふくろうに目を落としてそう言うと、はぱっと顔つきを変えて隣に座った。 「やっぱり。ちょっと見せてくれる?」 はふくろうを優しく抱えて、正座をする自分の太ももの上に乗せた。 人が変わったようなにマルフォイは眉をひそめた。 そろりとが血に濡れた羽を掻き分けると、なんて酷い、と声を漏らした。 「鷲にやられたの?よしよし、大丈夫よ。今治してあげるから」 ホー、と弱弱しく鳴くモリフクロウに語りかけるとローブのポケットから杖を取り出した。 そしてぶつぶつと呪文を唱えると、温かな光がふくろうを包んだ。 光が消えると、傷口はすっかり閉じて羽にこびり付いていた血も拭い取られていた。 マルフォイはそれを目を細めて見ていた。 「ほら、もう平気だよ」 モリフクロウはホーホーと元気に鳴くと、その小さな嘴での指を優しく噛む。 そしてマルフォイを向いて、指を噛もうとしたがマルフォイはそれを拒んだ。 「なんで?この子はマルフォイ君にもお礼が言いたいみたいなのに」 「僕は別に何もしてない」 ホッホと鳴くふくろうは首を傾げた。 そっぽを向くマルフォイを覗き込むようにしては言う。 「でも、血まみれなこの子を膝に乗せて何とかしようとしてくれた」 マルフォイのズボンにはモリフクロウの血がじんわりと染みていた。 あかね色の夕焼けがマルフォイの横顔を染めた。 はそれを見ながら、 「マルフォイ君は優しいんだね」 穏やかな声でそう言った。 するとマルフォイは勢いよくの方を振り返って何か言おうと口を開いたが、耳を噛む感触に遮られた。 モリフクロウはマルフォイの耳を優しく噛むと、ホッホと鳴いてあかね色の空へ溶け込んでいった。 「僕は優しくなんてない」 ふくろう小屋へ辿り着けただろうか、と考えながら空を見ていたにマルフォイは呟いた。 「おまえもどうせポッター達から聞いてるんだろう?」 「聞くって、あの、何を?」 マルフォイは立ち上がった。 「僕は、とてつもなく嫌な奴だ」 捨てるようにそう言って、マルフォイはブナの木から離れた。 城へ向かって足早に歩いていくマルフォイに、は立ち上がって声をあげた。 「どうしてそんなこと言うの?」 マルフォイは答えない。 ただ拳を握り締めて歩いていく。 「まるで、それが義務であるかのように―――?」 の声が虚しく校庭に響いた。 マルフォイの背中が完全に見えなくなったとき、自分がこの学校に来て初めて大きな声を出したということに気付いた。 地下牢のスリザリンの談話室ではパーキンソンが数人の友達に愚痴をこぼしていた。 「見てるだけで腹が立つわ、あの・!」 周りの女の子もそれに賛同して大きく頷いた。 その中の一人が取り入るような声で言う。 「でもドラコはあの子に興味がないみたい。やっぱりパンジーのことが好きなのよ」 きっとそうよ、という声がいくつもあがる。 パーキンソンはそれを聞いて満足気に微笑む。 スリザリンの男子生徒でさえもを見かけると目で追っては鼻の下を伸ばしている中で、マルフォイだけはそんな素振りさえも見せなかった。そのことがパーキンソンのへの今にも溢れ出さんばかりの憎憎しい思いにストッパーをかけていたのだった。 「あ、ドラコよ」 一人が談話室の扉を見て言った。 マルフォイが何か考え込むような顔をして耳に手を触れながら談話室へと入ってきたところだった。 パーキンソンはさっと髪を整えてマルフォイの元へスキップして行く。 「ドラコ、いったい何処にいたの?私、さがしたんだから」 甘ったるい声を出してマルフォイの腕にしがみつく。 パーキンソンの友人たちはそれを見て微笑んだかと思うと、あっと息を呑んだ。 マルフォイのズボンを見ている。パーキンソンもそれに気付き、ズボンに目をやった。 「やだ、ドラコ!これは何の血なの?」 右の方に血がべっとりと滲んでいる。パーキンソンは驚いた声を出した。 マルフォイは目を丸くするパーキンソンを冷ややかに見ると、 「鬱陶しい」 と言い放ち腕を振り解き、ショックを受けるパーキンソンを残し、男子寮へと姿を消した。 慌てて取り巻きが駆け寄ってきて、口々にパーキンソンを慰めた。 「きっと機嫌が悪かっただけなのよ」「聞かれたくないことだったんじゃないかしら」と。 するとそこに、勢いよく談話室に駆け込んできた女子生徒が大きな声で言った。 「ドラコが・と二人きりで、湖のほとりで話してたらしいわ!」 談話室に居た生徒たちは静まり返った。 少しの沈黙を置いて、男子生徒たちが「ドラコが相手じゃ敵わねぇよな」と落胆したように話し始めた。 パーキンソンの取り巻きは、まずい、というような目で互いに見合わせる。 「パ、パンジー。あれはきっと……」 慰めようと何とか口を開いた女子生徒は、ドン、という鈍い音で口を噤んだ。 パーキンソンが近くにあった丸テーブルに拳を振り下ろしたのだった。 「許さないわ、・」 悔しそうに歯軋りをするパーキンソンに、友人らは掛ける言葉が見つからずに俯いた。 マルフォイはベッドに横になっていた。 先ほどのの言葉が耳に残る。 “まるでそれが義務であるかのように” そして、がふくろうの傷をすぐに治してしまったことを思い返す。 起き上がってベッドの端に座ると、マルフォイは自分の左の肩から胸元にかけて手でなぞった。 ―――もしかすると……。 一瞬そう思ったが、頭を振って制した。 それからマルフォイは再びベッドに身を任せ、静かに目を閉じた。 (2007.8.13) |