15.彼女の両親 あっという間に十二月がやって来て、クリスマス休暇前最後のDA会合が必要の部屋で行われていた。 ハリーは、皆が二人一組になって妨害の呪いを練習するのを見て回る。 名残惜しそうにチョウの元を離れたハリーの耳に、ザガリアス・スミスの苛立った声が飛び込んできた。 「おい、君の番だぞ!」 スミスはとペアを組んでいた。 ペア決めのとき、すかさずフレッドがを誘ったのだが、次々とペアが出来ていく中で一人残ったスミスを見つけて、は丁寧にフレッドの誘いを断るとスミスに声を掛けに行ったのだった。 はハッと我に返り、 「インペディメンタ!」 とスミスに向けて杖を振った。 不意打ちを食らったスミスは、腰に片手を当てて仁王立ちという何とも間抜けな格好のまま固まってしまった。 ジョージは笑い転げて、フレッドはスミスの真似をしている。 ハリーはの隣まで行くと声を掛けた。 「どうかした?」 「え?」 「何だか、考え込んでるみたいだから」 は「あー……」と言うと、固まるスミスを見ながら答える。 「こんなに寂しいクリスマス休暇は初めてだなあって思って」 ハリーが不思議に思ってその意味を聞こうとすると、呪文が解けたスミスの「!」という声に遮られてしまった。 「君はもう少しまともな奴だと思ってたのに!僕が構える前に呪文をかけるなんて!」 「あ……ご、ごめんね」 「おうおうおう、スミス君」 息を荒げるスミスの肩をポンと叩いて、ジョージがにこやかに言う。 「そんなに“まともな奴”をお探しなら、このわたくしがお相手いたしましょうか?」 「断る!」 ジョージは、スミスが考える間もなく即答したのに目を丸くしたが、その向こうに居るフレッドは顔をしかめた。 スミスはじわじわと顔を赤く染めていくと、 「、続けよう」 と言った。 その日の会合が終わり、ハリーを必要の部屋に残したまま、ロンとハーマイオニーとの三人はグリフィンドール寮に続く廊下を歩いていた。 「ねえ、あなた本当に休暇はお家に帰らないの?」 はそう聞くハーマイオニーに頷いた。 「そうだよ。学校に残ってO.W.Lに向けて勉強しようと思ってるの」 「O.W.Lだって?」 ぎくっとしたように、前を歩いていたロンがこちらに振り返った。 「うん。分からないところがあったら、すぐに先生の所へ質問に行けるから」 「あーあ、試験。試験ねえ……」 半年先の六月に行われるO.W.Lのことをすっかり忘れていたのか、ロンは唸り始めた。 クリスマス休暇には、ロンとハリーは隠れ穴へ、ハーマイオニーは両親とスキーに行く予定だった。 「でも私、クリスマスは毎年学校に残ってるの」 「え、毎年?」 ハーマイオニーが驚いたようにを見た。 「クリスマスに日本へ帰ろうとしたら、何時間も飛行機に乗ってなきゃいけないし」 ロンが再び振り返って「飛行機?何それ?」と聞いたが、ハーマイオニーが遮った。 「だって、煙突飛行があるじゃない」 「私の家の暖炉は煙突飛行ネットワークの登録をしてないの。父がマグルだからって、魔法省の許可が下りなくて」 「でも私、片親がマグルでも煙突飛行ができる家庭を知ってるわ」 「なんだかね、職種にもよるみたい。私の父は医者でしょう?魔法省によると、マグルの医者は知りたがり屋だからいつ煙突飛行で魔法界にどやどやマグルを連れて来られるか知れないから、だって」 ハーマイオニーは呆れたようにため息をついた。 ロンはまだ飛行機が一体何なのか考え込んでいる。 「でもね、学期末には一日だけ煙突飛行が出来るようになってるの。私を迎えに来なきゃいけないから」 「あら、そうなの?」 「って言っても、やっぱり父は日本で留守番なんだけどね」 「まあ、お気の毒に……。じゃあ、お母様があなたを迎えにキングズ・クロスまで来てくださるのね」 はにっこりして頷いた。 毎年、学期が終わるとキングズ・クロス駅で汽車を降りたを母親が笑顔で迎えてくれて、漏れ鍋の暖炉から家に帰る。 ハーマイオニーは父親のことを気の毒に、と言ったが、はそうは思わなかった。 娘と妻が遠く離れたイギリスから帰ってくるのを、の父親は楽しみに暖炉前のソファに腰掛けて待っている。 そうしてが暖炉の中から大きなトランクを手に現れると、ぎゅっと抱きしめて「おかえり」と言ってくれる。 キングズ・クロス駅で待ってくれている母がいる。日本の家で待ってくれている父がいる。 それがにとっては贅沢すぎるほどに幸せなことだった。 「……でも、今年のクリスマス休暇は寂しいなあ」 はぼそっと呟いた。 毎年クリスマスはホグワーツで過ごすので、慣れているはずなのだか、今年は違った。 去年までと、今年とでは大きく異なる点があった。 それはに友人が出来た、ということだった。 クリスマスが近づくにつれては、ハリーやロン、ハーマイオニーと過ごせたらどんなに楽しいだろうと考えていた。 そこでふと、マルフォイの顔が頭に浮かんだ。 しかし、ロンがの隣に来て、ぽんっと背中を叩いたのでマルフォイの顔は消えてしまった。 「とびっきりのプレゼントを送るからさ、安心してくれよ」 ハーマイオニーもの背中に手を当てようとしたが、ロンの手にぶつかってしまい、急いで引っ込めた。 「あ、ごめんハーマイオニー」 「い、いいのよ!」 頬を赤く染めるハーマイオニーにロンは首を傾げたが、はぷっと吹き出してしまった。 それからは二人と別れて、トイレへ向かった。 これもロンとハーマイオニーを二人きりにしてあげようという、なりの配慮だった。 しかし、一歩女子トイレへと足を踏み入れた瞬間に、そんな気配りはやめておけば良かった、と後悔した。 洗面台に群がるスリザリンの女子生徒たちの中に、髪を熱心に梳かすパーキンソンがいたからだ。 皆がお喋りに夢中になっている間にここから出ようと思ったとき、一人の生徒がに気付いた。 「だわ」 その子がそう言った途端に喋り声は消え、冷たい視線が一斉にに向けられた。 ただ、パーキンソンだけはを見ることもなく、ただ鏡に映る自分の姿を見ながら髪をいじっている。 「醜い混血のなんて、私には見えないけど?」 パーキンソンの言葉に、取り巻きの女子生徒たちはクスクス笑った。 はローブの下で拳を握り締める。 「そう。それなら私も嬉しいよ」 はそう言うと、ずらりと並ぶトイレの個室へ向かって歩き出した。 「ちょっと待ちなさいよ」 振り返ってみると、パーキンソンはこれ以上憎いものはない、というような目でを睨んでいた。 「残念。私が見えてたの?」 が言うと、フンっとパーキンソンが鼻をならした。 周りの女子生徒も腕組みをして、を見ている。 「聞いたわよ。あんたの父親、マグルですって?」 「そうだよ。悪い?」 「あんたの母親はダーウェント家らしいじゃないの。由緒正しき純血一族、ダーウェント。なのに薄汚いマグルと結婚して」 パーキンソンはにやりと笑んだ。 「あんたの母親は“血を裏切る者”ね」 はぎゅっと唇を噛んだ。 あまりに強く噛むので、口内にじわりと鉄の味が広がった。 「そして」 パーキンソンはさらににやりとして、周りの生徒も薄ら笑いを浮かべる。 「あんたの父親は、“血を穢した者”」 次の瞬間、パーキンソンの顔から意地の悪い笑みが消え、周りの女子生徒から悲鳴があがった。 はその耳を裂くような悲鳴で我に返った。 自分は杖を構えて、その先ではパーキンソンが倒れている。 がパーキンソンに失神術をかけたのだった。 「喧嘩!喧嘩!女同士の喧嘩!」 待ってましたとばかりに甲高い声をあげてふわふわと現れたのは、嘆きのマートルだった。 スリザリンの女子生徒らはパーキンソンに駆け寄り、慌てふためいている。 一人の生徒は「先生を呼んでくるわ!」と言ってトイレから矢の如く出て行った。 は呆然と立ち尽くしていた。 マートルはこんなに愉快なことはない、という風に飛び回っていたが、の姿が視界に入ると、 「あらー?」 と眼鏡を掛けなおして、まじまじとの顔を見た。 そして「あら!」と言うと、 「あんた、ゴーストレディじゃないの!」 と声を上げた。 はそれを気にすることなくぼうっとパーキンソンを見ていたが、何人かの生徒はマートルに「嘘でしょう?」と聞いた。 「本当よ。だって、私と同じような女の子がいると思って、覚えてたんだもん」 「でも、それは……そこにいる女は、・よ?」 茶色のショートヘアのスリザリン生が言うと、マートルはにやっと笑った。 自分の名前が挙がったことで、は目の前のマートルにようやく目を向けた。 「へーえ。あんた、“グリフィンドールの姫”に昇格したんだ?」 「……何のこと?」 が眉をひそめると、マートルはけらけらと笑い出した。 「でも私は知ってる!あんたのその目は変わらない!あんたはゴーストレディ!暗ーい暗ーいゴーストレディ!」 マートルはそう叫びながら便器の中へ飛び込んだ。 気を失っているパーキンソンを支える女子生徒たちは、次第に顔をニヤニヤとさせはじめる。 が何が何だか理解出来ずにいると、トイレの扉が開いて厳しい顔をしたマクゴナガル先生を連れた生徒が戻ってきた。 「一体どうしたんですか?」 マクゴナガル先生が聞くと、パーキンソンの取り巻きは一斉にが失神術をかけた、と訴えた。 するとマクゴナガル先生は張り詰めていたものが切れるように、ため息をついた。 先生はもっと悲惨な事が起きたのだと思っていたらしい。 その態度に悪態をつくスリザリン生にマクゴナガル先生は半ば呆れたように、 「ミス・は私が適切な処罰をします。あなた方はミス・パーキンソンを医務室へ。頭を強打しているかもしれません」 と言うと、を連れて女子トイレから出て行った。 はマクゴナガル先生から書き取りの罰則を受けた後(はてっきり叱責されるのかと思ったが、先生は「以後気をつけなさい」としか言わなかった。)、グリフィンドール談話室へと戻った。 色々なことが今日一日で起こった気がしてぐったり疲れていたが、ハリーがチョウ・チャンとキスをした、という報告を興奮するロンから受けて不思議と疲れを忘れてしまった。 そして、照れたように笑うハリーの顔を見ると、パーキンソンのこともすっかり頭から飛んで行き、おめでとう、と心からハリーの幸せを祝福した。 (2007.10.14) |