11.友のための祈り 試合の後、がグリフィンドールの談話室に戻ると、皆が一斉に彼女を見た。 暖炉を囲んで落胆したように座るクィディッチ・キャプテンのアンジェリーナの視線は痛かった。 「どうしたの……?」 が恐る恐るそう尋ねると、アンジェリーナが眉根に皺を寄せた。 「“どうしたの”だって?どうせ理由を言ったって、マルフォイの味方をするだけだろ?」 捨てるようにそう言ったアンジェリーナを、脇に居たケイティが少しなだめるような目で見た。 は「そんなこと……」と消えるようにか細い声だ。 「あんたが怪我を治してやったマルフォイのお陰で、こっちは有能選手を三人も失って大痛手を負ったんだよ」 アンジェリーナは独り言のように言うと、苛々と小机を指で規則的に叩き始めた。 は眉をひそめてアンジェリーナを見た。 「それって、どういう―――」 「ハリーとフレッドとジョージがアンブリッジからクィディッチ終身禁止を食らったんだ!」 談話室中にアンジェリーナの声が響いた。 はショックを受けたような顔をしてその場に突っ立ったままだった。 「アンジェリーナ、に当たるのはお門違いだ」 そう言ったフレッドはアンジェリーナの肩に手を置いて、を見た。 は俯いている。 ハリーはそれを横目で見ながら、マルフォイとアンブリッジに対する憎悪を堪えて言った。 「そうだよアンジェリーナ。があの時止めに入ってなかったら、もっと酷いことになってた」 本当はあの時、そんなことは考えなかった。 なぜはマルフォイの元へ駆けつけて鼻血を止めてやったのか。 グリフィンドールでなく、スリザリンチームのシーカーの元に。 よりによって、ハリーが一年生の頃から敵対するあのマルフォイの元に。 あの時はその思いが強く、を少し恨んだ自分がいた。 「あの、私……ごめんなさい」 は震える声で言うと、女子寮への階段を急いで上って行ってしまった。 暫く談話室には沈黙が広がった。 アリシアは頭を抱え、ジョージは肘掛け椅子に座って天井を見つめ、フレッドは腕を組んで暖炉の火を見ていた。 ハリーは暗い外を白い雪が降るのを窓越しに見ていた。 「あんた達はそうやって自分が不幸のどん底でも、可愛い可愛い姫を庇うのが好きみたいだね」 窓に映る、両手で顔を覆うアンジェリーナが呟いた。 ハリーとフレッドは何も答えなかった。 それから一人、また一人と寮へと戻っていき、談話室にはハリーとハーマイオニー、そしてたった今外から戻ってきたロンの三人だけになった。 程なくして始まったハリーとロンの言い争いを離れて、ハーマイオニーは窓辺に歩いて行き深々と降る雪を見つめながら考えていた。 は今、ベッドの中で何を思っているだろう。 泣いているのだろうか。 彼女に「なぜマルフォイを庇ったのか」と問いただしたとしても、答えを得ることは出来ないだろう。 彼女自身にも、それがなぜだか分からないからだ。 しかし今のハーマイオニーには、に「あなたはマルフォイに特別な想いを抱いてるのよ」などと教えようとは思わなかった。 ハーマイオニー自身も、そのことを認めたくなかったからだ。 そんな自分は彼女の友人として失格なのだろうか?と自問自答していると、ハーマイオニーは雪の中でぽっぽと煙を出す掘っ立て小屋に目が行った。 そうしてハーマイオニーはハリーとロンに、暫くホグワーツに姿を見せていなかったハグリッドが戻って来たことを伝えた。 次の日は日曜で、生徒たちは外で雪合戦をしたり校内で課題をこなしたりと、思い思いの時間を過ごしていた。 ハリーとロンは朝から山のように溜まった宿題に悪戦苦闘していたし、ハーマイオニーは肘掛け椅子に座ってしもべ妖精のために帽子を編んでいた。 「はまだ部屋に閉じこもってるのかい?」 変身術のレポートに飽きたように指先で羽ペンをいじりながら、ロンが尋ねた。 ハーマイオニーは肩をすぼめて、「そうみたいね」と言う。 は今日一度もハリーとロンに姿を見せていなかった。 ハーマイオニーが部屋に様子を見に行くと、はベッドの中で丸まっていたらしい。 「どうしてはマルフォイを庇うんだろう……」 ふとハリーが言った。 ロンは隣でウンウンと頷いたが、ハーマイオニーは口元をひくりとさせた。 「は怪我人を放っておくことが出来ないのよ」 「でも、あの時は僕やジョージだって怪我をしてた」 「きっと目に入らなかったのよ。マルフォイの青白い顔に赤い鼻血の方が随分と目立っていたし……」 「でも―――」 ハリーが言いかけたとき、ハーマイオニーが手を突き出して言葉を制した。 空中でふわふわと漂う完成間近の帽子に杖を振ると、それはテーブルの上にパタリと落ちた。 「私、もう一度を見てくるわ」 ハーマイオニーは椅子から立つと、寮への階段に消えていった。 ハリーとロンは不思議そうに目を合わせると、再び羽ペンを動かし始める。 「、入るわよ」 カーテンの締め切られた薄暗い部屋に入ると、ハーマイオニーはこんもりと盛り上がったベッドの元へ歩いて行く。 他のルームメイトたちはどこかに遊びに行っているのか、部屋に居るのはハーマイオニーとベッドの中で丸まっているだけだ。 ギシっとベッドの端に腰を下ろすと、ハーマイオニーはふうっとため息をついた。 「あなたは今、何を考えているの?」 少し間を空けて、がもぞもぞっと動いた。 するとハーマイオニーは思い切ってを包む羽毛布団を剥がした。 そこには顔を両手で覆うがいた。 「わ、私が……アンジェリーナさんを怒らせた……」 「違うでしょ?」 はハーマイオニーがびしっと言ったので、思わず指の隙間から目を覗かせた。 暫く二人は何も言わずに見つめ合うと、は観念したように息を細く吐くと、顔を包んでいた手の平を離した。 「……私、どうかしちゃってる」 じっと天蓋付きベッドの天井を見つめながら言う。 「夢の中のあの男の子の姿が、マルフォイ君と重なってるの」 それを聞くと、ハーマイオニーは厳しい顔をした。 「マルフォイなんかじゃないわ」 「でも、もし―――」 「ねえ、あなたは“忘れられない男の子”を見つけなくちゃいけないの。あなた私にそう言ったでしょう?」 「でも……」 「マルフォイは“忘れられない男の子”じゃないわ!」 ハーマイオニーの声に、は驚いた顔をしたが、その目はすぐに悲しそうに細くなった。 「あなたは本気で男の子を見つけ出さなきゃいけないわ」 「私、本気でやってるつもりだよ」 「あなたは“傷痕が手がかりだ”と言ったわよね?左の肩から胸元にかけての傷痕が」 「……うん」 「言わせてもらうけど、それは手がかりでも何でもないわ」 「なんで?」 の声に焦りの色がみえた。 ハーマイオニーは再びため息をつくと、 「だって、。ここは魔法界なのよ。傷痕を綺麗さっぱり消すことなんて、お癒者様にとっては朝飯前だわ」 ひどく打ちのめされたような顔が、ハーマイオニーの前にあった。 は両手で口元を覆う。 ハーマイオニーはベッドから離れて、近くのカーテンを開けた。 夕陽が禁じられた森の向こうに沈んでいく。 「でも……」 ハーマイオニーは振り向いた。 は口元に当てていた手を膝の上に置いて言葉を続けた。 「でも、きっと彼の体に残ってる。あの時の傷痕が」 「なぜそう言いきれるの?」 そう尋ねるハーマイオニーに、は小さく笑った。 「根拠なんて、ないよ」 ハーマイオニーはもう一度窓の外の夕陽を見ると、の隣に戻った。 「、“忘れられない男の子”を探すのはもう諦めるの?」 それは試すかのような口調だった。 わざわざ答えを貰わなくても、ハーマイオニーには分かった。 の凛とした目が遠くを見据えていた。 「私、いやだよ。諦めないって決めたんだから」 言葉を返す代わりに、ハーマイオニーはに抱きついた。 何が何だかよく分からないは、ただハーマイオニーの背中をぽんぽんと叩く。 「それじゃあ、頑張るあなたにご褒美をあげるわ」 そう言ったハーマイオニーはの耳元でひそひそと何かを言った。 は「本当に?」と目を輝かせた。 「ええ。今の時間帯なら誰も居ないと思うから、早く行ってきたら?」 は激しく頷くと、ベッドを飛び出して部屋の扉へと早足で向かった。 「合言葉、忘れないでね」 ハーマイオニーがその背中に声を掛けると、は一瞬立ち止まって振り返ると、とびきりの笑顔で頷いた。 扉が閉まり、階段を軽快に下りていく音がしだいに小さくなっていく。 ハーマイオニーはのベッド脇の小テーブルに置かれた写真立てを見た。 フレームに飾られたその写真には、笑顔のが両親と共に写っていた。 それを見ながら思った。 父親が死喰い人で闇の陣営に片足を入れているマルフォイよりも、未だに正体の分からぬ“忘れられない男の子”の方がまだ何倍も良い。 には、幸せな恋をしてほしかった。 「どうか、今すぐにでもが男の子と再会できますように」 が、マルフォイに対する想いに気付くその前に、どうか早く。 (2007.9.13) |