彼の弱い嘘




 才能に恵まれた同期を持つと自分の無能さが際立っていくから、もう何もかも嫌になって、たまに逃げ出したくなる。
 今日の任務でもうまく立ち回ることができず、同行してくれた二級術師に盛大なため息を吐かれた。きっと夜蛾先生に報告するのだろう。あの子に実戦はまだ早いんじゃないか、と。
 同期の五条や夏油は入学早々に特級に上がり、単独任務もこなしているというのに。硝子も才能枠。反転術式による他者の治癒だなんて難しいことを、涼しい顔してやってのける。一方の私は大した術式でもないし、体力もないし、頭だって良くない。
 夜の公園でブランコに揺られながら、アーと唸りつつ天を仰ぐ。大都会東京といえど、ここは都心から離れているので、夜空の星が街明かりにかき消されない。

「なーに浸ってんだよ」

 ちらちらと輝く白い星を漫然と見上げていると、視界に青い光が落ちてきた。

「……チッ」
「は、何それ態度悪りィな」

 降って湧いたように現れた五条悟に、思わず舌打ちが転び出てしまった。そんな私の額を、五条がビシッと指で弾く。こういう時、五条は少しも手加減しない。しっかりと痛む額を押さえながら、隣のブランコに腰掛けた五条を睨む。

「最強サンには到底理解できないよ、凡人の気持ちなんて」
「げーめんどくさ。お前だって理解できねぇだろ、俺のこと」 

 五条は、やれやれといった様子で頭を振りながら、手に持っていたビニール袋を漁る。

「食べる?」

 取り出したのは、生クリームがたっぷりと挟まったどら焼きだった。

「またコンビニ行ったの? ハマりすぎでしょ」

 前に五条をコンビニに連れて行ったら、彼は目を輝かせながらカゴいっぱいにスイーツを詰めていた。高専に入るまでコンビニなんて行ったことなかったから、と興奮まじりに言っていたのを覚えてる。

「いらねーの?」
「うん、いい。太っちゃうもん、こんな時間にそんな糖分の塊」
「そんなのもう手遅れだって」

 なんだと、と足で砂を掛けてみるも、無下限で弾かれてしまった。

「五条はこんなとこで何してんの?」

 どら焼きを頬張る五条に尋ねれば、彼は私を見ずに答える。

「この辺なんだよ」
「何が?」
「セフレんち」

 へ、と我ながら間の抜けた声が漏れる。セフレって。コンビニにも行ったことがなかったおぼっちゃまが、どこで、いつの間にそんな遊びを覚えたんだろう。

「……最悪。知らなくてもいいこと知った」

 そう呟けば、五条は食べ終えたどら焼きの袋をぐちゃぐちゃと丸めながら、静かに笑っていた。


◇◇◇


「昨日は遅かったんだってね。夜遊びかい?」

 眠た目を擦りながら朝食を食べていると、食堂に入ってくるなり夏油が言った。

「違うよ。公園で落ち込んでただけ」
「落ち込んでたんだ」
「ほら私、昨日の任務で散々だったからさ」
「それはいつも通りじゃないか」

 ムカつく、と向かいの席に座った夏油の足を蹴れば、彼はフフッと愉快そうに笑った。

「公園ってどこの?」
「隣駅のコンビニ裏の」
「ああ、あの小さい公園。たまに呪霊が湧くとこね」
「そう。そしたら五条が来て、やいやい話し掛けてくるから相手にしてあげてたら遅くなっちゃって」
「なんだ。わざわざ迎えに行ったんだね、悟」
「わざわざ? 偶然通りかかったみたいだけど。あの近くにセフレが住んでるんだって」

 夏油との会話はテンポが良くて好きだ。そんなことを思いながらありのままに話していると、彼は「セフレ?」と不思議そうに首を傾げた。

「悟、童貞だけど」

 さらりと放たれた言葉に、持っていた箸を落としそうになる。

「……はい?」
「うん。だから、童貞」

 夏油は、聞いているこちらが恥ずかしくなるほどハッキリと言い切った。
 思い返せば、昨夜は五条と高専まで一緒に帰った。セフレの家に行かなくていいの、と聞けば、「どら焼きが甘すぎて眠くなったから今日はやめにした」とかなんとか言ってたっけ。

「だから言ったじゃないか。わざわざ迎えに行ったんだね、って。それがどういう意味か分かるだろう?」

 穏やかに笑む夏油に、仲人ヅラをするんじゃないよと心の中でツッコミを入れながら、私は小さく舌を打つ。

「……さいっあく。知らなくてもいいこと知った」

 近い内にまた、あの公園に行ってみようか。それで、五条が降って湧いたように現れてセフレがうんぬんと言い出したら、嘘つけこの童貞め私を迎えに来たんだろ、なんて言ってみようか。そしたら、どんな反応をするんだろう。いつも余裕ぶったあの顔が赤く染まる様子を想像すると、みぞおちの辺りがくすぐったくなる。

「あ、笑ってる」

 夏油は私の顔を覗き込み、全てを理解したような顔で笑んだ。世の中を悟りきった僧侶ヅラをするんじゃないよと心の中でツッコミを入れながら、私はまた小さく舌を打った。

「はよー」

 眠気を孕んだ声で食堂に入ってきた五条に、顔が熱を上げるのを感じた。夏油は、仲人と僧侶を足したような表情をして私を見ていた。

「お、おはよう童貞! 今日はいい天気ですね」

 ――やってしまった。全てを誤魔化したくなって、暴走してしまった。
 五条は虚をつかれたように目を開き、夏油はマズい、というふうに唇を結んで五条の反応をうかがっていた。

「……おい傑、表出ろよ」

 地を這うような低い声で、五条は夏油を睨みつける。しかし夏油は別段悪びれるでもなく「オッケー」と軽い調子で返しながら席を立った。

「お前も後でデコピン百発な。デコ磨いて待ってろ。逃げんなよ?」

 五条は私に向かってそう宣戦布告すると、夏油の肩に腕を回し、オラついた歩き方で食堂から出て行った。
 すっかり冷め切った味噌汁を一口飲んで、ああ、と思う。見てしまったのだ。デコピンうんぬん言っている五条の耳が、頬が、赤く染まっているのを。
 アーと唸りつつ天を仰ぐ。今までと同じように接することなんて、きっともうお互いに無理だろうな。そんなことを思いながら、後で弾かれることになるであろう額をゴシゴシと擦った。

 結局、全力のデコピンを五回された後でデコチューされることになるなんて、この時は思いもしなかった。
 

 

(2024.04.18)

キーワード:舌打ち、夜の公園、最悪
ワードパレットより

気落ちした夢主が気になって後を追って来たことを知られたくないだけだったのに、嫉妬させてみたい気持ちと童貞ゆえの見栄っ張りから「わしセフレおる」というつまらぬ嘘をついてしまった五条悟であった。



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