- 柔らかな棘 -



「お前、営業の冨岡と付き合ってるってまじ?」

 年度末の打ち上げと新入社員の歓迎会を兼ねた飲み会で、同じ課の宇髄さんはビール片手にどっかりと隣に座ってきたと思ったら、開口一番にそう言った。
 「冨岡」の言葉が出た時点で、私の体は反射的に宇髄さんの口元めがけて手を伸ばしていた。言い終わる頃には完全に口を塞がれてしまっていた宇髄さんは、目を丸くする。

「誰からそれを」

 声をひそめて訊くと、うざったそうに私の手を払いのけながら、

「総務のヒメさん」
「ヒメ……悲鳴嶼さんですか」
「あの人意外と社内のそういうの精通してっから」

 宇髄さんは愉快そうに笑いながらビールを飲む。
 幸い、周囲は"会社の人ものまね"をし合って馬鹿笑いしていたところなので助かったものの、この男は何を突然ぶっ込んでくるんだろう。ていうかどうして悲鳴嶼さんがこのことを知っているんだろう。私まともに喋ったことないんですけど。

「他の人には絶対言わないでくださいね」
「なんで? 別にわざわざ言いふらしゃしねーけどよ、知られちゃマズいわけ? あ、なに、二股?」
「……そうやっていろいろ言われるのが面倒だからです」

 確かに私は義勇と付き合っている。同期入社で、まさか何年も経ってから恋愛関係になるとは思ってもいなかった。付き合いはじめてまだ半年。キスは片手に収まるぐらい、セックスは一度しかしていない。友達の延長で、ごくたまにそういうこともする関係、のような妙な感じだ。付き合いたてってもっと盛り上がるもんじゃなかったっけ、と過去の恋愛を思い返しながら首をひねる日々だった。義勇がどう思っているかは、知らない。
 ――それに最近、あれ、と思うことが増えた。

「で? どうなんだよ。順調?」

 だから宇髄さんにそう訊かれて、胸がちくりとした。痛いところを突かれた、まさにそんな気持ち。

「そんなに気になります?」

 そこで、向こうから「宇髄さんのまね!」という声が聞こえてきて、宇髄さんはそちらへ目をやった。「地味に仕事が遅ぇんだよ」とすました調子で言う男性社員に、

「似てねぇーんだわバァカ!」

とすがさず野次を飛ばすと、どっと笑いが起こった。
 義勇も宇髄さんみたいに分かりやすい人だったら、ここまで思い悩むことはなかったのかもしれない。いや、でも宇髄さんみたいな人だったら好きにならなかったのかも。良い先輩だけど、恋人としてはちょっと違う。遊び人だし。
 笑う宇髄さんを横目にそんなことを考えながら、すっかり氷が溶けて薄くなってしまったハイボールをひと口飲んだ。


 店を出て、二軒目へ向けて皆とぞろぞろ歩いていると、宇髄さんが私の袖を引いて立ち止まらせた。
 酔いが回っている人ばかりで、誰も私と宇髄さんが列から離れたことに気付かない。

「で? さっきの続き聞かせろよ」

 にやにやとしながら言う宇髄さんに、私は深いため息をついてみせる。

「良くないですよ、宇髄さん。人の恋愛に土足で踏み込まないでください」
「おもしれーんだもん。愛想のないお前と辛気くせぇ冨岡がどんな感じで恋人やってんのか、気になるわぁ」

 思い切り舌打ちをしてやると、宇髄さんは面白そうに笑った。でもほんの少し、誰かに聞いてほしいという思いが湧いたのも事実。お酒のせいで気持ちがゆるんでしまったのかもしれない。

「……振られるかもしれません」

 それだけ言って再び歩きはじめると、宇髄さんは「待て待て」とまた袖を引いてきた。もう会社の人たちの姿は見えない。完全に見失ってしまった。

「なんだよそれ」
「何なんでしょうね。私が知りたいです」

 近頃、あれ、と思うことが増えた。職場で顔を合わせても目をそらされることが多くなったり、仕事が忙しいからと、平日の夜に会えることが少なくなったり。そして、たいてい社内ですれ違うときは義勇の隣に新入社員の女の子がいて、帰りに彼の部署をのぞくと、その子と横並びで話し合っている。
 笑っているのだ。その子はもちろん、義勇も。あんなに優しく笑う人だっけ、と思うほどに――。

「なんだよ、お前もかわいいとこあるな」
「……はい?」

 意を決して話したのに、宇髄さんは一連の私の話を聞いた後、けろっとした様子でそう言った。

「そりゃあ嫉妬だ。分かるか? お前はその女に妬いてんの」
「は、いやいや、そんな」
「冨岡を盗られるんじゃないかって思ってんだよな。なんだよ普通に女子じゃん、かっわいー」

 そう言いながら、宇髄さんは頭をがしがしと撫でてくる。突き付けられた感情の名前に戸惑うあまり「いやいやそんな」としか言えなくなった私は、されるがままだった。嫉妬なんて、そんな。

?」

 不意に声を掛けられ振り向くと、

「え、義勇……」

 数メートル先で、義勇がじっとこちらを見据えて立っていた。その腕には、件の女の子が絡み付いている。胸がちくりとする。ああ、やだな、棘が刺さるみたいなこの感覚。
 義勇は宇髄さんを横目で見やると、静かな声で言う。

「何をしている?」
「……部署の飲み会で、二軒目に行く途中ではぐれちゃって」

 義勇こそ何してるの、と訊こうとすると、彼の後ろから営業部の人たちが現れて、「あっ宇髄さん」と口々に頭をぺこっと下げた。そうして私の姿を認めると、何かを察したようにニヤニヤとするので、ああ勘違いされた、明日には私と宇髄さんが付き合っているという噂が瞬く間に社内へ広まるんだろうなと、どこか他人事のようにそう思った。
 義勇は女の子の体を引き離し、こちらへ向かってくる。「行かないでよ冨岡さん」と悲しげな声で追いすがる女の子を、周りの同僚たちが引き止めている。
 いつの間にか宇髄さんは消えていた。いや、義勇と女の子に意識が向きすぎていたから気に留めなかっただけで、「あとは頑張れよ」と言われたような気もする。嘘でしょ。待ってよ、せめて弁解して行ってよ。
 どこまで奔放な男なんだと心の中で宇髄さんへの悪態をつきながら、近づいてくる義勇とは反対に、私は一歩また一歩と後退りする。

「お願い冨岡さん! 一緒にいて!」

 女の子の涙声に、義勇は振り返った。それを見た瞬間、胃がぎゅっと締め付けられるような感覚に襲われる。そうして私は、踵を返して駆け出した。



 金曜の繁華街なんて嫌いだ。酒に身を呑まれた人や、呑まれたふりをしている人ばかりで、まともな状態の大人なんてきっといない。そんな中で全力疾走している私もまた、まともではないんだろう。
 走りながら振り向くと、義勇の姿はなかった。急ブレーキをかけるように立ち止まってから見渡すも、やはり義勇らしき人はいない。

「……あれ」

 もしかして私、義勇が追いかけて来てくれてると思いながら走ってた?

「やだなあ、ばかみたい」

 こんなの一人相撲だ。何を勘違いしていたんだろう。だって、見たじゃん。泣きはじめたあの子に気付き、足を止めた義勇を。ああ、もしかして付き合ってることも私の勘違い? だとしたら最高に笑えるな。
 ははは、と乾いた笑いとともに涙がこぼれた。日中のオフィス街でこんな女がいたら悪目立ちして仕方ないだろうけれど、金曜夜のカオスな繁華街ではまだ地味な方だ。
 お姉さん泣いてるのー、と道行く酔っ払いたちに声を掛けられながらも、私は人目を憚らず涙を流し、鼻をすすり上げながら歩き続けた。
 すると不意に強く腕を引かれ、思わず声を漏らしてしまった。

「見つけた」

 振り向くと、そこには義勇がいた。少し息を切らしながら、しっかりと私の腕を掴んでこちらを見おろしている。私はその目を直視できなくて、顔を伏せる。

「どうして泣いている」
「どうしてって……」
「……宇髄か?」

 思わず顔を上げると、義勇は険しい表情をしていた。感情をあまり表に出さないこの人のこんな顔、初めて見る。
 義勇はそれ以上何も言わず、ただ私の腕を引いて早足で歩く。私も押し黙ったまま、なされるがままに後を付いて行く。


 酔っ払いのサラリーマンではなく、身を寄せ合う男女の姿が目立つそこは、いくつものネオンが輝くホテル街。一軒のホテルへと入り、義勇は手早く部屋を選ぶと、そのままエレベーターへと私を押し込める。
 そうして部屋へ入ると、義勇は掴んでいた腕をようやく解放してくれた。安物の芳香剤のにおいが充満するその部屋は、円形のベッドがどんと中央に置かれ、その周りを取り囲むようにして何枚もの鏡が連なっている。

「初めてだね、義勇とラブホテルって……」

 沈黙が怖くて苦し紛れに言ったその内容がまずかったのか、義勇は眉間に皺を刻んで、

「俺はこういう場所に来るのも初めてだが、は違うのか?」

と、再び私の腕を引き、ベッドへと倒した。そうして、呆気に取られている私に覆い被さると、ぐっと顔を寄せてくる。義勇の深く青みがかった瞳が迫ってきたかと思えば、唇が重なった。ぬるりと入ってきた舌に、口内がゆるやかに溶かされていく。
 しかしそれは次第に、舌を奪い取られそうなほどの激しい口付けへと変わる。

「ふ……っ、ぎゆ…う」

 息を漏らす私の髪を片手で乱しながら、もう片方の手で太ももを撫で上げてくるので、私はたまらず義勇の胸を押し返した。

「待って、ちゃんと話そ」

 義勇は、息も絶え絶えになりながらそう言った私を見おろしたまま、かすかにうなずいた。

「義勇は」
は」

 言葉が重なってしまい、一瞬沈黙が流れる。義勇が「から」と譲ってくれたので、「義勇は」と続ける。

「今日何してたの?」
「……部署の飲み会だ。大きな案件が片付いたから、その打ち上げで」
「義勇はどうしていつもあの子と一緒にいるの?」
「あの子? ……ああ、俺は教育係だから。それだけだ」
「それだけじゃないよ。あの子、義勇のこと好きみたい。気付いてる?」

 義勇は首を傾げた。鈍いこの人でも、先ほどのように「行かないで」と泣きながら言われたら、さすがに気付くと思ったのに。

「――義勇はさ、私のこと好きなの?」

 その瞬間、義勇は固まった。ように見えた。そうして体を退けたので、私は身を起こす。
 鏡に写る義勇の横顔をぼうっと眺めていると、不意にその顔がこちらを向いたので、鏡越しに目が合ってしまう。

は勘違いをしている」
「……え?」
「あいつは同じ部署の男と付き合っている。あの場にもいた」

 面食らってしまった。それと同時に、考え込んでしまう。彼氏の目の前で、他の男性に対してあんなに好き好きオーラを出せるなんて、とんでもない子だな。彼氏も何か言わないのだろうか。いや、そうやって嫉妬心を煽るっていう、一種のプレイなのかもしれない。
 最近の若い子はよく分からないという結論に落ち着いたところで、ベッドが軋み、その振動でふと我に返る。義勇がすぐ隣に移動してきていて、その目がじっと私の顔を捉えていた。

への気持ちがないと思っているんだったら、それは大きな勘違いだ」

 まっすぐにそう言われ、私はこの恋のはじまりを思い返した。あれは半年前。今日みたいな夜の繁華街で。同期会のあと、二軒目に行く途中でみんなとはぐれてしまったときに、義勇が言ったんだ。まっすぐに私の目を見て、「好きだ」と。

「だが、そう勘違いさせてしまった原因は俺にあるんだと思う。それは申し訳ない」

 うつむく義勇に、私は「そんなこと」と言ったが、その先の言葉を紡げなかった。確かに、義勇を責めていた自分がいるから。
 感情表現が苦手な人だということなんて、とうの昔から知っていたはずなのに。少し会社でそっけなくされたぐらいで、他の女の子と親しくしているぐらいで、ぐらぐらと揺れてしまう。義勇の気持ちを疑ってしまう。もっと言葉で、態度で示してほしいと思ってしまうのは、私のわがままなんだろうか。

「俺も確認したいことがある」
「……なに?」
は、宇髄の方がいいのか?」

 は、と思わず間抜けな声を出してしまった。義勇はわずかに眉を下げ、唇を結んだまま私の返事を待っている。その様子が、なんだか捨てられた子犬のようで、口元がゆるみそうになる。
 ――ああ、なんだ。この人も私と同じだったんだ。

「そんなわけないじゃん」
「本当か?」
「本当も何も、やだよ宇髄さんなんて。超遊び人だし。そうじゃなくても、義勇以外の人は異性として見れない」

 あ、と思った。最後のほうは、口が勝手に喋ってしまった。
 照れくさい気持ちを隠すようにしてうつむくと、義勇は私の体を引き寄せ、強く抱きしめた。

「どうしたら伝わる?」
「え?」
以外を異性として見ていないこと、のことがたまらなく好きだということ」
「……え、そんなに好きなの?」
「最近は思いが募りすぎてどう接したらいいか分からなくなっている」

 なにそれ、全然知らなかった。だから社内ですれ違うときも顔を背けてたんだろうか。
 義勇の頬に触れてみると、ほんのり熱を帯びていて、照れているんだということを理解した。

「じゃあ……そういうこと、普段からもう少し言ってください」
「そういうこと?」
「今の、好きだって。あとこうやって抱きしめてくれるのとか。もっと言葉とか態度で気持ちを表現してくれると、うれしいです」

 義勇は身を引いて、うつむき気味の私の顔をのぞき込む。

「だって義勇、普段そういうこと言ってくれないし、キスも、その……セックスも全然してくれないから、恋人として求められてるのか不安になって……」
「なるほど」

 義勇はそう言うと、私の腰を抱いたまま、後ろへ押し倒した。

「正直に言うと、俺はその手の経験が浅い。ラブホテルも初めてだ。ゴムがどこに置いてあるのかも分からない」

 そうして私の頬に手を当てると、ふっと自嘲的な笑みを浮かべた。

「そのせいで、に物足りない思いをさせているんじゃないかと」
「そんなこと――」
「それと同時に、これまでと付き合ってきた男たちに対して、みっともない感情を抱いてしまった」

 義勇に手を伸ばし、その頭を撫でる。すると義勇は驚いたのか、目を少し丸くした。

「何言ってるの。私、こんなに愛しいと思える人は初めてだよ」

 眉根を寄せて伏し目になる義勇は、誰がどう見ても照れていて、その姿に胸がきゅっと締まるのを感じた。

「何その反応。かわいすぎる」

 すると義勇は、私を黙らせるかのように唇を押し当ててきた。そうして胸に触れ、遠慮がちに揉むので、私はその手に自分の手の平を重ね合わせて言う。

「大丈夫だよ、遠慮しないで」

 すると義勇はこくりとうなずき、ニットをたくし上げて胸に顔を埋めてくる。私はくすぐったくて笑いそうになるのを堪えながら、義勇の髪を触る。今度は背中に片手を差し込み、ブラジャーのホックを外そうとするので、少し体を浮かせてあげた。
 けれど、なかなか外せないのか、義勇は目を細めている。私は小さく笑いながら、そんな義勇の肩を押し、後ろへ倒す。

?」

 きょとんとした顔で見上げてくる義勇が、たまらなく愛おしい。
 最初からこうやって、気持ちを伝え合えば良かった。自分でも思っていた以上に義勇のことが好きになっていたことや、義勇がこんなにいろいろな表情を見せてくれるほど、私に心を開いてくれていたということを、もっと早くに知りたかった。

「今日は私が」

 そう言いながら、義勇のワイシャツのボタンを外し始めると、彼は戸惑ったように手を掴んできた。

「いいから」

 そうなだめて、その手をやさしく解く。
 ボタンを外し終えると、肌着をたくし上げ、その肌を淡く撫でる。すると義勇の体はかすかに反応した。ベルトを抜き取りながら胸に舌を這わせれば、は、っと息を漏らす。そんな義勇の反応に、口元がゆるんでしまう。チャックを開け、ズボンと一緒に下着を下げる。そうして固く熱を帯びたそれに触れると、義勇は私の肩を押して離そうとする。

「いや?」
「そういうわけでは……」
「やめてほしい?」
「……そこは汚いぞ」
「汚くないよ」

 消え入りそうな声で言った義勇にほほ笑みかけて、その部分に軽く口付けをすると、義勇は再び阻もうと手を伸ばしてくる。

「いやじゃないなら、ちょっとじっとしててね」

 義勇の手を握って制すると、先ほどの口付けを数度繰り返したのち、そのまま一気に口に含む。義勇は、ぎゅうっと私の手を握り返しながら、「」とかすれ声で言う。聞こえないふりをして続けていると、義勇はだんだんと息を上げていく。
 そこで口を離し、義勇の隣に寝そべる。その顔をよく見ようとするも、彼は腕で顔を覆い隠してしまった。

「義勇、気持ち良さそう」

 今度は片手で上下に擦りながらそう声を掛けると、義勇は腕の下から、少し恨めしそうな目でこちらを見やった。その様子がずいぶん色っぽくて、どきっとしてしまう。本当に今日は、いろんな表情を見せてくれる。
 私はスカートと下着を脱ぎ、下半身だけ裸の状態で義勇の体にまがたる。 

「待て、ゴムを……」

 私は落としかけた腰を再度浮かし、ベッドサイドの棚からコンドームを取り出すと、性急に袋を破る。そうしてゴムを装着した義勇のものを、自ら当てがう。はあ、っと熱い息が漏れてしまう。

「あっ、すご……奥まで届いてるよ、ねえ義勇?」

 義勇は、意地悪くそう言う私を見上げ、唇を結んでいる。その隙間からは時折、吐息が漏れる。
 私はニットを脱ぎ、ブラを外して向こうへ放り投げる。そうして義勇の手を自分の胸へと誘い、腰を前後に揺らす。

「わたし、も、いろいろ、考えさせちゃって、ごめんね……っ」

 義勇が私の過去に嫉妬していることなんて、少しも分からなかった。初めてセックスしたとき、確かに義勇のぎこちなさは感じていたけれど、緊張しているだけなんだと思っていた。
 私とキスをするとき、体を重ねるとき、自分の経験の浅さを感じて一人恥じる義勇を思うと、たまらなくなる。かわいそうとかそういうのではなくて、いじらしくて、めちゃくちゃにしてあげたくなってしまう。自分にこんなサディスティックな一面があったなんて、驚きだ。

「義勇」
「……なん、だ」
「どうしたら伝わる?」

 義勇は眉間に皺を寄せたまま、かすかに首を傾げる。

「私にとって義勇は特別なんだ、って」

 そう言うと、義勇は目を丸くした。私も動くのを止めて、義勇を見おろし、返事を待つ。
 しかし答えは返ってこなかった。代わりに、義勇は私の腰を掴むと、激しく突き上げはじめた。それに驚いたのも束の間、快感が次々とこみ上げてくる。こぼれる声を押し殺すように口を覆っていると、体が反転し、今度は義勇が上に乗る形になった。義勇は私の手を握りしめ、腰を押し進める。

「は、あ……っ、ぎゆ、う……」
「十分伝わっている」
「……っ!」

 耳元でそう囁かれ、私は一段と大きな声を上げて、あっけなく果ててしまった。義勇も少し遅れ、甘く苦しそうな声を出しながら達した。

 互いに息を上げながら、汗ばむ体を重ね合わせる。初めてのときと、全く違った。何かコツでも掴んだのだろうか。そういえば義勇は、成長スピードが同期の中でも飛び抜けて早かった。

「スポンジのような吸収力……」

 そんな宣伝文句のようなフレーズを、思わず声に出してしまった。隣に寝転んだ義勇は「スポンジ?」と問い返してくる。「なんでも」と首を振ると、義勇は「スポンジ」と、天井を見ながら呟く。

は耳が弱いんだな」
「違うもん」
「隠しても無駄だ。反応で分かる」

 そんな彼の横顔に、二回目でこれなら次はどうなってしまうんだろう、末恐ろしい男だな、と思った。同時に、きっとこれから、義勇のことをもっとたくさん知っていくんだろうなあと、ぼんやりそう思った。私のこともいろいろ知られていくんだろう。ちょっと、照れくさい。でも義勇が私の一番の理解者になってくれるんだと思うと、なんだか心強い。

「……どうした?」
「え?」
「にやついてるぞ」

 唇を指でふにふにと突かれる。義勇はその感触が気に入ったのか、ずっと押し続けてくるので、「別に」という言葉が封じ込められてしまった。

「……あ」
「なんだ」
「さっき宇髄さんといるところ見られちゃったから、明日には噂が広まっちゃうかも」
「噂?」
「私と宇髄さんが付き合ってる、って」
「……」
「ほら、義勇の部下の子たちにも見られたじゃん」
「その心配はない。あいつらは俺との関係を知っている」
「……え」

 ああ、なるほど。あのときのニヤニヤには、「冨岡さんの彼女だ」という意味が込められていたんだ。

「知らなかったとしても、そんなでたらめな噂は流させない」

 そう言った義勇は水のような表情をしていて、つい先ほどまで私の下で快感に顔を歪めていた男とは思えないほどだった。
 しかし、じっと見つめる私の視線に気付くと、頬をゆるめた。

「これからは、もっと言葉と態度で示していく。だから――」

 言いながら、義勇は私を腕の中に閉じ込める。

「覚悟しておけ」

 溶けてしまいそうなほどの甘い熱を感じながら、ああやっぱり末恐ろしい男だな、と思った。



(2021.04.13)



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