なないろ



 明日から修学旅行でオーストラリアへ出発する娘のお小遣い上限が三万円と知った母は、小さな悲鳴を上げて自室へ引っ込んだ。そうして、荷造りをする私の元へいそいそと戻ってくると、

「何かあったらこれを換金しなさいね」

と、小さな箱を差し出した。開けてみれば、そこには宝石煌めく指輪が三つほど鎮座していて、私は思わずため息を吐く。

「ありがとうお母さん。でも、税関で引っ掛かっちゃうから持って行けないよ」
「あらやだ。だってあなた、三万円って……お食事はどうするの? そのお金じゃ一食分にもならないでしょう?」
「食事代は修学旅行の積立金から支払われるよ。お小遣いは、お土産代とかおやつ代で使うだけで」

 良家の生まれの母は、若くして資産家の父に嫁いだので、金銭感覚が世の大多数の人々とは異なる。生まれながらのお嬢さま――と言うと、私も同じだ。けれど幼稚舎から大学までエスカレーター式で進んだ母と違って、私は公立高校に通っている。なので少なくとも母よりかは、まともな金銭感覚をしていると思う。

「お土産やおやつって……三万円じゃビーフジャーキーぐらいしか買えないんじゃない? ああ、かわいそう、どうしてあげたらいいの」
「いいじゃんビーフジャーキー。私好きだよ。大丈夫だって、十分足りるって」
「ビーフ……あなたっ! ねぇあなたー! この子が! せっかくオーストラリアに行くのに! ビーフジャーキーしか食べられないんですって! あーなーたーっ!」

 母は屋敷中に響き渡るほどの声を上げながら、父を探して駆けて行った。このように、修学旅行に持参するお小遣いで騒ぐ母なので、私が公立の学校へ行きたいと告げた時には卒倒した。なぜ私が公立へ進みたかったのか、その理由は――。

「あっ……はい! もしもし!」

 着信音が鳴って一秒足らずで応答した私に、電話の向こうから小さく笑う声が聞こえてきた。

『今大丈夫かァ?』
「もちろん。どうしたの?」
『いや知ってるとは思うけど一応。高価な指輪とかは持ってくんじゃねェぞ。手続きが面倒なことになるらしいから』
「……あー、さすが実弥くん。察しがいいね」

 幼なじみの実弥くんとは、物心つく前からの仲だ。
 始まりは、今から十七年ほど前にさかのぼる。いつもなら侍女を伴って行く私とのお散歩に、その日の母は珍しく自立心が芽生えたらしく「私が一人で連れて行くわ」と意気揚々と出掛けた。私をベビーカーに乗せて街に繰り出したのはいいものの、人は多いし私はぐずるしで、パニックとストレスで視界がぐらつき始めた母は道端にうずくまってしまったらしい。そんな時に手を差し伸べてくれたのが、実弥くんのお母さんだった。「あの時の志津さんには後光が差していた」と母は今でも言っている。「実弥くんも眩しいくらいにかわいくて」とも。抱っこ紐に包まれる実弥くんの、雪のような肌、たんぽぽの綿毛のような髪、すみれの花のような色をした瞳。母は「菩薩が天使を抱いている」と思ったらしい。
 それが縁で、今でも私の家と不死川家は親交がある。公立に行きたい理由は、実弥くんがいるから。そう伝えたら、卒倒していた母も途端に気を取り戻して「確かに実弥くんが近くにいる方があなたにとってもいいわね」とすんなり許してくれた。それぐらい、母の不死川家への信頼は厚い。

『その感じだと、お袋さん、もうひとしきり騒いだ後だったか』
「うん。なぜか私があっちでビーフジャーキーしか食べられないほどお金に困ると思い込んだみたいで、お父さんに訴えに行ったよ」

 実弥くんも私の母がどういう人かよく知っているので、騒ぐさまがありありと目に浮かんだのか、電話の向こうで噴き出すように笑った。

『まァとにかく今日は早く寝ろよ。寝坊して飛行機乗り遅れるとかシャレにならねェからな』
「えーそこまでドジじゃないよ」

 実弥くんは「どうだか」と笑った。そうして私たちは、おやすみと言い合って電話を切る。
 明日から一週間、毎日実弥くんと一緒にいられる。幸運なことにグループも同じだ。朝昼晩の食事も乗馬体験もコアラとの触れ合いタイムも、ぜんぶ実弥くんと一緒。そう思うと胸が高鳴って仕方がない。興奮のあまり、ひええ、と変な声すら漏れてしまう。
 このままだったら本当に寝坊してしまうかもしれない。そう思った私はスーツケースを閉じ、いそいそと寝支度を整える。母の声は聞こえなくなった。きっと父に宥められたのだろう。母が手荷物に宝石を忍ばせないよう念入りにファスナーを閉じてから、ベッドに潜り込んだ。次にこのベッドで眠るのは、修学旅行から帰ってからだ。どんな出来事が待っているんだろう。あっ、また胸がバクバクしてきた。だめだ寝ろ、寝ろ私――。

◇◇◇

 ――最悪だ。
 オーストラリアの十一月は初夏。日本との寒暖差のせいか、それとも機内で食べたビーフが固すぎたせいか、現地に到着して早々に体調を崩してしまった。他の子たちが移動バスに乗って乗馬体験に向かうのを、私はホテルの窓から見送った。

「馬に乗る実弥くん、見たかったなあ……」

 ベッドに横たわって、天井をぼんやりと見ながら呟けば、タイミング良くクラスメイトからメッセージが届く。見ると、『不死川くんって乗馬経験者なの?』という文字とともに写真が添付されていた。黒のヘルメットを被った実弥くんが、艶やかなクリーム色のたてがみを持つ馬に跨っている。縦一直線に伸びた背と、少し顎を引いてまっすぐに前を見つめている横顔。手綱を握る腕には筋が浮き出ている。どこをどう切り取っても絵になっているその姿に、私は悶絶した。写真だけじゃなくて動画も欲しかった、とのたうち回っていると、それを察してか、動画も追加で送られてきた。それを見た私は、言うまでもなく暴れた。だって、本当は、この目で見たかった……!
 体調不良なんて嘘だったんじゃないかと自分でも疑うほどにベッドを軋ませていると、ピロリン、と通知音が鳴った。実弥くんからだ。『部屋いるか? 開けて』という短いメッセージ。私は先ほど送ってもらった乗馬姿の実弥くんの写真をもう一度開き、またメッセージ画面を確認する。え、乗馬体験中じゃないの? 疑いつつもベッドから下りて部屋のドアへと向かう。そうして、そろりとドアを開けてみると――。

「よォ。顔色だいぶ良くなったな」
「……本物の実弥くんですか?」
「はァ?」

 片眉を下げる実弥くんにスマホ画面を見せる。すると彼は短く笑って、

「もうとっくに終わって自由時間に入ってんだよ。他の奴らは今ごろショッピングモールで土産物でも見てんだろォ」

 そう言いながら、部屋の中へと入ってきた。ちなみにここは同じグループの女子三人で寝起きする部屋だ。彼女たちが留守の間に、体調不良者のくせに男子を部屋に引き入れたと知られたら……。

「なんかいろいろ考えてるみてぇだけどよ」

 実弥くんは、こうやってよく私の頭の中を覗き見る。何も言わなくても考えていることを次々に当てられるので、私はそのたびに驚いて「へっ」と間抜けな声を漏らしてしまう。

「これ渡しに来ただけだから。すぐ帰るから安心しろォ」

 そう言って、実弥くんは片手に持っていたビニール袋を差し出す。なんでしょう、と中を確認させてもらうと、そこにはおにぎりが二つ、ころんと寝転んでいた。
 予想外のものに目を丸くしていると、実弥くんは堪りかねたように口を開く。

「海外に来てまで握り飯かよ、って?」
「……いや、その、よく買えたなあって」
「たまたま近くに日本食屋があって。調子悪い時は食い慣れたもんがいいかと思ったんだが、もし食欲がないなら――」
「いっ、いただきます! ありがとう!」
「無理すんなァ」
「違うの、私のことを考えてわざわざ買ってきてくれたのがうれしくて、言葉がうまく出なくって……」

 ありがとう。今度は自然に笑いながらお礼を言えた。すると実弥くんは、どこか安堵したように頬をゆるめた。

「ではさっそく、いただきまーす」

 ソファに腰掛け、袋からおにぎりを取り出す。ツナマヨとシャケ。どちらも私の好きな具材だった。すごいな実弥くんは。私のことなんでも知ってるんだもんな。
 うれしさに口がゆるむのを抑えきれない。そのゆるみきった口をあんぐと開けておにぎりを頬張らんとした時だった。

「あ、あれ買ってくんの忘れてた」

 唐突に実弥くんが言うので、私は「あー?」と口を丸く開けたまま首を傾げる。

「スープ。ロビーの売店で売ってた。あったけェもん飲んだほうが胃も落ち着くだろ」
「胃……私、胃を壊したと思われてる?」
「機内食の牛肉が合わなかったんだろォ。あれ固そうだったし、お前は普段あんな肉食わねぇだろうしなァ」

 言われてみれば実弥くんの言う通りかもしれない。この吐き気と腹痛は環境変化によるものだと思っていたけど、原因はやっぱり消化不良だったのかも。牛肉一つで貴重な一日目が潰れてしまったと思うと情けなくて、私はハァと重めのため息を吐きながら頭を抱えた。あれは確かに、今まで食べた牛肉のステーキの中でいちばん固かった。ゴムかと思った。チキンを選んだ隣席の友達はジューシーでおいしいと言っていた。実弥くんはフィッシュを選んで、特に何を言うでもなく黙々と食べていた。今度から機内食はビーフ以外のものを選ぼう。絶対だ。

「ちょっと買ってくる」

 その声に顔を上げれば、実弥くんが部屋のドアを開けて外へ出ようとしているところだった。

「あっ、私も行く」
「大丈夫かァ?」
「うん。ずっと部屋に閉じこもってるのもあれだし、気分転換」

 ルームキーを忘れないよう大事にポケットへ仕舞うのを、実弥くんは横目で見ていた気がする。きっと、私がルームキーをどこに仕舞ったか忘れたと騒いだ時のために、所在を確認してくれたのだと思う。
 じゃあ行くか、と実弥くんがドアを開けると、新鮮な空気が流れ込んでくる。その中に、日本とは違う外国ならではの香水のようなにおいと、牧草のにおいを微かに感じた。私の修学旅行は、やっとここから始まる。そんな気がした。

**

 実弥くんのご厚意に甘えて、ミネストローネを買ってもらうことになった。ロビーの売店には軽食の他にも土産物が豊富に揃っていて、私は実弥くんがお会計をしている間に店内を見て回る。日本では見たことのないチョコレートやポテトチップス、紅茶、カンガルージャーキーなるものなど。ビーフジャーキーを見た途端、母が騒いでいたことを思い出してプッと笑ってしまった。
 化粧品や衣服コーナーの隣には、ガラスのショーケースがあった。なぜだか興味をそそられて、吸い寄せられるように近づく。

「……わあ」

 照明を浴びて虹色の光を反射させるネックレスに、思わず声が漏れてしまった。ゴールドの華奢なチェーンにころんとぶら下がる小さめの石。見る角度を変えるたびに異なる表情を見せるその石に、鼻先がショーケースにくっ付いてしまいそうなほど見入ってしまう。

「どうしたァ」

 不意に声を掛けられ、びくりと肩を震わせる。片手に紙袋を持った実弥くんが、ショーケースを覗き込みながら言った。

「オパールか」
「えっ、実弥くん詳しいんだね?」
「いや書いてあンぞ、ここに」

 英語で書かれた商品プレート。そこには確かにオパールと記されていた。

「お前、宝石なんて見慣れてんだろ」
「オパールって宝石なのかな。私が知ってる宝石とは、何か違うような……」
「地味? お袋さんすげェのたくさん持ってそうだもんな」
「いや、なんというかこう……虹色ではあるんだけど、ギラついてはいなくて……純朴な輝きっていう感じがして、好感が持てるなあって」

 言葉を探しながら言い終えると、実弥くんは一つの間を置いたのちに「ふーん」と喉を鳴らした。

「あっ、ごめん。スープ冷めちゃうね。ご馳走してくれてありがとう」

 実弥くんを見上げてそう言うと、彼はショーケースに視線を向けたまま「ん」と頷いた。
 その後、実弥くんは部屋まで送ってくれて、そろそろ同室の人たちも帰って来る頃だろうから、とドアの前で別れた。湯気が立つほどに温かいミネストローネをお供に、おにぎりを頬張る。どちらも実弥くんが私のことを思って、貴重なお小遣いの中から買ってくれたものだ。一粒の米も取りこぼさないように、大事に大事に食べた。

**

 翌朝の移動車の中では、ある噂話が駆け回っていた。目覚めた瞬間から昨日とは見違えるほどに絶好調だった私だが、その噂を聞いた途端、気持ち悪さがぶり返したかと思うほどに胃が沈んだ。

「ねえ、実弥くん。聞いてもいい?」

 到着した動物公園では、コアラを抱っこして記念写真が撮れる。私がこの修学旅行でいちばん楽しみにしていたプログラムだった。二人一組になってね、と先生に誘導され、私は自然と実弥くんとペアを組んで撮影の列に並んだ。首を伸ばして列の先を見ていた実弥くんは、私の言葉に「ん?」と顔を向けた。

「バスの中で聞いた話なんだけど……」
「あー。不死川が売店でアクセサリー買ってた、ってやつか」

 本人の耳にも入ってたんだ。私が目を開いて瞬きを繰り返していると、実弥くんは短く笑った。

「その話……ほんと?」
「まァ、嘘ではねえな」

 つまり本当ってことじゃないですか。え、誰に贈るのそのアクセサリー? お母さんへのお土産……にしては本気度が高くない?
 私は頭の中で渦巻く質問をすべて呑み込んで、

「そ、っかあ」

と、やっとの思いで言葉を紡ぎ出した。
 もしかして、あのショーケースに並んでいたオパールかな。部屋に戻った後にスマホで少し調べた。オーストラリアはオパールの産出量が世界屈指である、と。そんな基本情報はこの際どうだっていい。それよりも気に掛かるのは、オパールは古代ローマでは愛を伝える石とされていた、ということ。もしかして実弥くんもそれを知って買ったの? 好きな子、いるの? ……え、うわ、えー……どうしよう。もうコアラどころじゃない。今すぐこの行列から離れて移動バスに戻って最後尾の片隅で膝を抱えて泣きたい。生まれて今までの十七年、私の中での男の子は実弥くんだけで、この世界の中心が実弥くんで。入る予定だった私立への受験を断固拒否して小学校から高校まで実弥くんと同じ公立に通い、大学だって同じところを目指すつもりでいた。

「――り……」
「ん? どうしたァ」

 実弥くんが、やわらかな声音で覗き込んでくる。今そんな優しさを見せないでほしい。必死で堰き止めていた感情のダムが、決壊してしまうじゃないか。

「むりだよぉ、わたし、実弥くんがいないと……む、っ、むぐっ、むり……ううぅ」

 ぼたぼたと涙を流しながら、嗚咽を漏らす。ちょうどその時、コアラがサービスポーズをしたようで、周りから「かわいいー!」という黄色い声が爆発的に上がったので、私の醜い泣き声は掻き消された。けれど実弥くんは別。すぐ間近で私の泣き顔を見て、ぶええ、と情けない声を漏らすのを聞いて、さすがに慌てた様子だった。でもすぐに手を差し伸べ、宥めるように背中をさすってくれた。

「いやいや……急になんだァ? 俺がいなくなるって?」
「だって、そのアクセサリー、す……すっ、好きな子に、渡すんでしょ? 実弥くんに、こ……恋人、できた、らっ、わたし……もう一緒に、今までみたいに一緒に、いられなく、なっちゃう」

 しゃくり上げながら言う私を覗き込む実弥くんは、はじめこそ真剣な顔をして聞いていたけれど、次第に口元をゆるめていった――気がする。

「なるほどなァ」

 列が一つ進む。実弥くんは私の背をそっと押す。そうしながら、もう片方の手をポケットに突っ込んで、何かを探っているようだった。ハンカチを貸そうとしてくれてるのかな。

「大丈夫、私もハンカチ持ってるから……」
「ハンカチではねェけど。……あー、やっぱいいわ」

 実弥くんは不意に動きを止めて、何かを手放すように言った。私はこういう、人がやりかけたこと、言いかけたことが無性に気になる性格なので、涙を浮かべながらも「何?」と迫った。しかしその時、今度は周囲から悲鳴が上がる。コアラが逃げ出したのだ。動物園の職員さんが英語で何か言っている。それを聞いた私たちのツアーガイドが、「今日の撮影は中止です。残りの人たちはまた後日改めて……」とアナウンスをした。ブーイングにも似たどよめきが起こる中、私はこれ以上泣き顔を晒さなくて済んだことに安堵して、そそくさとその場を去ろうとした。すると、「なあ」と腕を掴まれる。

「今夜、ホテルの前で落ち合えるかァ?」

 一応お伺いベースの聞き方だったけれど、その声は有無を言わせぬような圧を孕んでいるように思えて、私は「うん」と頷いた。実弥くんは、たまに押しが強い。

**

 先生の目を盗んでホテルを出た私たちは、道路を挟んですぐ向かいにある浜辺に向かって歩いた。初夏とはいえ、朝晩は少し肌寒い。夜空には日本で見るよりも多くの星が散らばっていて、ふうっと息を吹きかければいくつかこぼれ落ちてきそうなほど近くに見えた。そんな星空の下、実弥くんと私は昼間に見た動物の話や夕飯で出たパスタが水っぽかった話、今ごろ日本では家族みんながどうしているだろうかという話をしながら、浜辺の砂を踏み締めて歩いた。
 すると不意に、実弥くんが足を止めた。

「泣いてんのか」

 言われて、ようやく気づく。自分の頬に一筋の涙が伝っていたことに。
 当たり障りのない会話をしながら、思っていたのだ。実弥くんに好きな人がいるなら、もうこんなふうに二人で並んで歩くこともできなくなるんだろうな、と。物心ついた頃から当たり前のように一緒にいたので、それがもう当然のことではなくなると思うと、身を引き裂かれるほどに悲しかった。

「や、これは、その……」

 慌ててポケットから引っ張り出したハンカチで目を拭っていると、突然、首筋にひやりとした感覚が走った。目を向けてみると――。

「え? これって……」

 首に提げられた華奢なゴールドチェーン。その先に輝くのは、虹色のオパール。

「昼間、お前が暴走して泣き喚くから渡しちまおうかとも思ったが……コアラ待ちの列でそうすんのもなんか場違いだろ。だから、まァ……」

 後ろ首を掻きながら言う実弥くんを、私は口をあんぐりと開け放して見上げていたんだと思う。「間抜けなツラ」と笑われた。
 「不死川が売店でアクセサリーを買っていた」という噂話の真実は、こうだった。実弥くんが、私のために、オパールのネックレスを買ってくれた。

「――夢?」
「おし、確かめてみるか」

 ギュッと頬をつねられ、「ぃひゃ!」と情けない声を上げてしまう。ああ、夢じゃないらしい。

「なんでプレゼントしてくれたの?」
「聞くなって、ンなことよォ」

 実弥くんはバツが悪そうに口先を尖らせ、視線を逸らす。

「ねえ知ってる? あのね、オパールって、古代ローマでは愛を伝える石だったんだって」
「ッ! はぁ? いや俺ァ別に古代ローマ人じゃねェから知らん」

 ものすごい勢いでこちらを見た実弥くんは心底驚いたような目をしていたので、この話については本当に知らなかったんだと思う。

「……理由なんて。ただなんとなく、この石がお前みたいに思えて」

 実弥くんは、ぼそりと呟いた。

「見てて飽きないところが、特に」

 見る角度によって輝きを変えるオパール。七色の虹を閉じ込めたかのようなそれが、星明かりを浴びて控えめに輝いている。
 胸元で光を放つオパールを見おろして、実弥くんが今言った言葉を、沸騰しかけた脳内で何度も繰り返す。予想もしていなかった展開に追いついていなかった感情が、今ようやく体中を駆け巡った。うれしい。こんなの、うれしいに決まってる。

「……いいの?」
「何が」
「私、これからも実弥くんと一緒にいて、いいの?」

 実弥くんは一瞬目を見開いたけれど、すぐにそれをすうっと横に引いて、

「今更それ聞くかァ?」

と、声を出して笑った。


 その後、コアラとは無事に記念撮影できた。コアラを抱いた実弥くんとその横で照れたように笑う自分の写真は、帰国後、母に譲ってもらった額縁に入れて部屋に飾った。写真の中の私は、しっかりとオパールのネックレスを着けている。その写真を見ながら、胸元で七色に輝く実物を握り締めてにやにやと笑うのが、すっかり私の日課となった。
 ちなみに実弥くんのお小遣いはネックレスを買ったことによって枯渇したので、せめてものお返しに、と不死川家のお土産代は私が持った。そうしていると両親へのお土産代が足りなくなったので、ちょうど余ったお金で買えたビーフジャーキーを母へ渡すと、「やっぱりひもじい思いをしたのね」と泣かれた。それを実弥くんに話したら、彼はブハッと噴き出して笑ってた。

 ――きっとこれからも私は、実弥くんへと続く道をひた走って、何がなんでも彼と一緒になろうとするんだろう。もしも途中で立ち止まるような出来事があったとしても、このネックレスを通行手形としてかざせば、どんな関所でも突破できる気がする。もう、なんにもこわくない。







2024年5月 合同誌『夜と輝石』寄稿
オパールの石言葉:希望、幸運、純真無垢
「不安や恐れを消し去り、希望や幸運を引き寄せる石」



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